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ニュース〜医療の今がわかる

本来の「根拠」と「総意」に基づくガイドラインとは?-森臨太郎氏インタビュー①

森臨太郎先生.jpgインタビュー
森臨太郎氏
(東大大学院医学系研究科国際保健政策学准教授)

 日本未熟児新生児学会が先ごろ公表した『未熟児動脈管開存症のガイドライン』は、患者家族の参加や、総意形成と根拠の検証へのこだわりなど、今後の日本のガイドラインの在り方に一石を投じるものになりそうです。背景には、英国政府組織でガイドライン作りに携わってきた森臨太郎氏による、ガイドライン作成過程の計画がありました。森氏に取材すると、日本のガイドラインの問題点は医療政策の問題構造に通じているという興味深い話を聞くことができました。3回の連載でお届けします。(熊田梨恵)

(略歴)
兵庫県西宮市出身。1995年岡山大学医学部卒業。岡山大学大学院博士課程修了。ロンドン大学公衆衛生学熱帯医学大学院修士課程修了。淀川キリスト病院などで小児科新生児科勤務後、オーストラリア・アテレード母子病院・新生児科中級専門医、キャンベラ総合病院・新生児科コンサルタントとして新生児科診療と周産期医療システムに携わり、その後ロンドン大学熱帯医学大学院で途上国の母子政策研究に関する指導教官をしながら、英国国立医療技術評価機構(NICE)を舞台にブレア政権保健医療改革の一端としてガイドライン作成を含めた母子医療政策策定に携わる。日本小児科学会専門医。2007年英国小児科学会フェローに推挙・選出される。大阪府立母子保健総合医療センター企画調査室長、WHOテクニカルオフィサーを経て現在に至る。
 
 
熊田
「今回、日本未熟児新生児学会が作成した未熟児動脈管開存症のガイドラインは画期的だったと思います。特に根拠の検証と総意形成の方法は日本のガイドラインが参考にすべき可能性を感じました。森先生はこのガイドライン策定の「手法」を計画されました。イギリスの政府組織でそういった経験がおありだと伺いましたが、これまでの経緯をお伺いできませんか」
 

「私は日本で研修を終えた後、2000年にオーストラリアに渡って、3年間普通の小児科の臨床医として働いて、その後イギリスに渡りました。オーストラリアではネパールの医療活動支援など途上国の活動もしていたのですが、色々な国を見ていると、一人一人の赤ちゃんが救われる時に医療システムの力も大きく、一方で、一人ひとりのお医者さんの力では限界があるのだなという事も感じてきました。それで赤ちゃんがもっと救われるには医療政策や公衆衛生なども重要で、もっと勉強したいと思ったのです。世界には3大公衆衛生学校と言われる、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院とハーバード大学公衆衛生大学院、ロンドン大学公衆衛生学熱帯医学大学院があります。そこでロンドンに渡って勉強し、公衆衛生の修士を勉強しました」
 
熊田
「どうせやるなら最高峰の機関でということですね。でもどうしてその後、政府組織に関わるようになられたのですか」
 

「修士を卒業する前に、その後もしばらく医療政策や公衆衛生を実践したいと思いました。そのうち、英国国立医療技術評価機構(NICE)で公衆衛生のバックグラウンドをもった周産期医療や小児医療をできる人を求めていることを知り、卒業前にそこに就職する形で以後イギリスの医療政策に携わるようになりました。NICEは1999年の設立なので、私が入った2004年はちょうどNICE自体が模索しながらも、なんとかやろうとしていたことができるようになってきていた第一段階の時期と言われる時代でした」
 
熊田
「当時は医療費増額や医療従事者増員を進めたブレア政権の医療制度改革の真っただ中の時期ですね。先生はイギリスの中枢で英国の医療再建を見ておられたのですね」
 

「NICEはブレア政権の目玉の一つだったので、追い風も向かい風も受けていました。その中で、周産期の分野はかなり先進的に進んでいました。特に根拠に基づく医療を牽引(けんいん)するコクラン共同計画は周産期の分野から始まったので、NICEの中でもこの分野においては比較的先進的な試みがされていました。そこから周産期や小児医療の政策に携わるようになったわけです。英国ではガイドラインは政策の一つとしての位置付けで、それで携わるようになりました」
 
熊田
「どんなガイドラインを作られたのですか?」

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