医療政策に総意形成プロセスを-森臨太郎氏インタビュー②
■「ガイドライン」と「マニュアル」は違う?
森
「そこは微妙な話です。違うと言えば違うのですが、ガイドラインは非常にグレーなものです。100%守らないといけないのは法律です。100%守らなければいけないわけではないけど『こうやった方がいいよね』というものはすべてガイドラインに含まれても悪くはありません。ガイドラインは法律ではなく、そこからずれるものです。ガイドラインがどこを対象にするのかというと、ある事柄について施設間格差や診療行為に大きな差があって、なおかつ強いエビデンスがあって、『こっちかあっちか』と、方向性が専門家の中であるにもかかわらず非常にばらつきがあるところ、そういうところに焦点を当てます。そういうのはマニュアルじゃないですよね。マニュアルは『こういう時にはこのシリンジを使おう』とか、そういう話ですよね。それは約束事であって、ガイドラインからするとどうでもいい話なので、ほとんど扱われません。診療やアウトカムに影響する事柄なら、ガイドラインで扱うかもしれないですけど」
熊田
「私も今まで、ガイドラインとマニュアルの差がよく分かっていなかったのですが、ガイドラインがあると、現場の医師の思考がストップするんじゃないかと思っていたのです。何かあった時に考えないでそれに頼るようになってしまい、考える力をなくすことにつながるのではないかと。でも、その考えでいけば、ガイドラインであれば思考ストップという話じゃないですよね」
森
「ただ、正直英国でも同じ問題があって、多少思考停止に陥っていくことはあります。若い研修医の中では『NICEの言うようにやっていれば問題にならないから』となってしまって。考える力が少し弱くなり、『従うだけの若い人が増えちゃったよね』という不満は実は出てきていました。それはあながち間違いじゃないし、おそらく日本でもそうなる可能性はあります。ガイドラインの目的はそういうことではもちろんないのですが、副産物としてそういうものがないわけではないですね」
熊田
「ガイドラインが言ってるのは、あまりに施設間格差があるとかそういう治療や予防などについて『こうする方が国の経済的にもいい』とかそういうところなんですね」
■費用対効果を超える「価値観」
森
「ところが、NICEがそれをやりすぎて失敗したと言われているのが、抗がん剤なのです。新しい抗がん剤は、古い抗がん剤に比べていくつかのメリットはあるのですが、それを大きく凌駕する効果は示せないことも多く、しかしながらとてもコストが高いです。費用対効果分析をしても費用対効果が出ないことがよくあります。でもそれを使うか使わないかは一人ひとりの患者さんが考えると、また別の問題でしょう。多少費用対効果がなくても、国全体の価値観として、納税者の視点としてこれだけ払う価値があるとしたら、それで多少捻じ曲げることはあるわけです。完全に白黒はっきりできるものではないし、僕らが見ているのは費用効果だけではないわけです。どれぐらいプラスマイナスがあって、という文脈を含めて『社会の価値観』として捉えています」
熊田
「今回の未熟児動脈管開存症のガイドラインですが、先生は作成過程そのものを計画されました。その時に難しかった部分はどういうところでしたか?」
森
「このガイドラインではもっとも基本であり基礎である『しっかりとした科学的根拠に基づくこと』を守ることに労力を費やしました。ただ、これはシステマテックレビューの部分のことで、現状では費用対効果分析はできないと思いました。特に未熟児の動脈管開存症という医療従事者の間の狭い世界の話になりますしね。なので、その分コンセンサスを入れるとか、一般患者さんの声を拾い上げる事に留意しました」
熊田
「確かに費用対効果分析は難しそうです......」