子ども亡くす親の気持ち分かり合える機会が減ってきた―細谷亮太聖路加国際病院副院長
■乳児死亡率減=子どもを亡くす親も減る
年間に150人や200人の赤ちゃんを失うということが起こると、日本人全体の感覚がどうなるかというのをちょっと考えてみて頂くと分かると思うんですけど、お母さんが10人いると、1歳までに子どもを亡くしたことがあるお母さんが2人いるわけですね。実際に自分が子どもを亡くした時に、「その気持ちが良く分かる」と言ってくれる人が身の回りに結構いるんです。でも今は1000人のうち2人しかなくならないのは、いいことなんですけど、1000人に2人というのはほとんど死なないという事です。子どもをSIDSで急に失ってしまって、気付いた時には死後硬直が起こっていたという両親が赤ちゃんを救急室での不審死ということで警察に電話して、監察医務院に連れていく。お父さんお母さんも監察医務院に行って、警察で取り調べを受ける...、ということで誰も「子どもが亡くなって大変ですね」ということを言ってくれる人がいないです。そういう中で子どもを亡くさなければいけないという時代が、現在の時代です。
■高齢出産と羊水検査
先天奇形というのも、たとえば21トリソミー、ダウン症という病気があります。ダウン症は400人に1人はなると言われ、40歳を過ぎて初産で赤ちゃんを産む場合は40分の1の確率でダウン症候群の子を授かります。そうすると産婦人科の先生たちは、「ダウン症の子を育てるのに大変だと思うから、羊水の検査をしますか」ということを20週ぐらいの時にお母さんに聞いたりするわけですね。そうするとお母さんはものすごく難しい選択を迫られる。私達の研修医の業績発表で、学生の頃からダウン症の子どものサポートをしている人たちがいました。彼らは、高齢出産が多いので、40歳以上で羊水穿刺の検査を受けるお母さん達にダウン症の子どもたちが生き生き暮らしているビデオを見てもらってから、もう一度羊水検査を受けるかどうかを決めてもらおうというリサーチを作り上げたんです。でもうちの研究審査委員会は「このビデオはあまりにダウン症の子が生き生きし過ぎている、でももっと大変だということを考えてもらわないと、間違った方向に偏ったことになると思うので、よく考えなさい」と、一回差し戻されました。でもダウン症の子を支えながら生きているお母さんたちは、みんなの仲間だという感覚を持って子どもたちと暮らしています。そういう感覚が、羊水穿刺で検査して早くに中絶するということになると私達の感覚から抜け落ちてきます。
■「人間は生き物として死んでいかないといけない」
そして死因について1歳を過ぎると、悪性新生物が顔を出すようになって、3位までをキープし続けます。最大の命を脅かすのは悪性新生物で、治るようになったと言っても小児がんはこういうところにいます。10歳を過ぎると不慮の事故や自殺が入りますが、やっぱりとても大変なんです。治らなかったのが治るようになってきてしまった小児がんなので、治らない人がいるというのが、さっきの1歳までに赤ちゃんを失ってしまうという人がいるのと同じ感覚で、亡くなる人たちのことを分かってくれる仲間がいなくなったということなんですね。その分医療者は頑張らないといけない。今から薬が作られた1948年から100年ぐらい経ったら「病名は小児がんです。でも薬を飲んだら治ります」ということになるかもしれません。でもまだまだそういうことになるまでには時間がかかるし、人間は生き物として死んでいかないといけないということを、医療者は一般の人が忘れている分、すごく深く刻まないといけないんだというふうに思います。私達がやらないといけないのは、小児がんに特化しないで、どんな病気でもなかなか難しい病気になった時と、治癒を目指して治療できるんだったら治療している間、治った後、それからもし治らないなら治らない人たちをちゃんと見ないといけないということをつくづく思います。
(中略)
科学がどんなに進歩しても人間の力には限界があります。医学がどんなに進歩しても私達が治せる病気には限りがあります。頑張っても治せない病気が世の中にはまだまだたくさんあるのです。これは本当に真理なので、これを忘れがちになるのは困ったことだと思います。
(以下略)
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