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患者自ら立つ14

tatu14.JPG1型糖尿病 神内謙至さん(39歳)

*このコーナーでは、日本慢性疾患セルフマネジメント協会が行っているワークショップ(WS)を受講した患者さんたちの体験談をご紹介しています。同協会の連絡先は、03-5449-2317

 糖尿病の患者であり、専門医でもある神内さんは、米国の糖尿病治療を学びたいという思いがきっかけになってプログラムを受講しました。

 神内さんは京都市で友禅の染物をする父、それを手伝う母の間の次男として生まれました。母親も、インスリンをつくる細胞が何らかの原因で壊れてしまった1型糖尿病の患者でした。
 中学時代、軟式テニス部に所属して活発に過ごす一方、年に数回は風邪をひいたり中耳炎を起こしたりで学校を休んでいました。医師となった今になってみると「(1型糖尿病発症の原因となることの多い)免疫系に何か異常があったのかも」と思うそうです。
 1型糖尿病を発症しているのが見つかったのは、高校受験を間近に控えた中3の12月でした。秋ごろから、喉の渇きを激しく覚えるようになり、体重が落ちてきていました。その様子を見てピンと来た母親に促され、尿を試験紙につけてみたら、大量に糖が出ていることを示す真っ黒けだったのです。ちょうど翌日が母親の定期受診日だったので一緒に病院へ行き、あっという間に診断がつきました。本来であれば、インスリンの使い方を覚えるために入院しなければいけないところでしたが、主治医が気を遣って「お母さんにインスリンを打ってもらいなさい」と帰してくれました。学校には何も告げずにそのまま受験し、無事高校へ進むことができました。
 高校時代は、友人たちにも病気のことを一切明かせず、遊びに誘われても全部断っていました。それが大変なストレスだったといいます。一方で、病気だけれど何だってできるんだという意地のようなものがあって、勉学には熱心に取り組みました。元々理数系の科目が好きで、漠然と将来は電気関係のエンジニアにでもなるのかなあと思っていましたが、医療が身近になるに従って医師を志すようになり、現役で京都府立医大に進学しました。

いったんは消化器内科へ

 大学では再び軟式テニス部に所属し、友人たちには病気のことを明かすことができました。しかし、当時「成人病」と呼ばれていた糖尿病のイメージにはどうしてもなじめず、医師としての専門を決める際、あえて糖尿病を避けて関係のない消化器内科を選びました。
 それから数年の間に結婚、長男の誕生を経験し、私生活でも仕事でも順調でした。
 転機が訪れたのは01年のことでした。医師になって6年経ち、大学院に戻って研究していたところに、元の主治医から突然電話がかかってきました。
 京都DMフォーラムという1型糖尿病患者の勉強会で「医師として患者として」というタイトルで話をしてほしい、と言うのです。
 それまで大勢の人の前で自分のことを話したことはなく、大変驚き、抵抗感を覚えました。とはいえ、恩人であり大先輩でもある人の頼みですから断ることもできず、渋々ながら話をしました。
 ところが話をしてみたら、みんなから「すごく感動した」と言われたのです。「ああそうか、自分の話に感動してくれる人がいるんや」と感激しました。さらに、京都DMフォーラムの中に、やはり1型糖尿病を抱える医師がいて、その姿に感銘を受けたことから、自分もやはり糖尿病をちゃんとやろうと思うようになりました。
 04年から糖尿病の医師として勤務を始めました。やるからには他国でどういう風に治療しているのか見てみたいと、米国の多くの病院に見学させてほしいと手紙を書いたりメールを出したりしましたが、なかなか受け入れてくれる所はありませんでした。
 そんな06年、今度は大阪を中心とする患者会の会合で、セルフマネジメントプログラムのことを聞かされました。その内容に患者として大変に興味を持ち、一度ワークショップを受けてみたいと思うようになりました。
 プログラムのリーダーを養成することのできる『マスタートレーナー』は、本家の米スタンフォード大でだけ養成講習が開かれます。ということは、マスタートレーナー講習を受講すれば自動的にスタンフォード大の糖尿病治療も見学できるのでないか、そんなことも思いつきました。
 この連載で毎回ワンポイント・アドバイスを述べている近藤房恵・米サミュエル・メリット大准教授に連絡を取ったところ「マスタートレーナー講習を受ける前に、ワークショップ(WS)とリーダー研修を受けてください」と言われ、07年1月から大阪でWSを受講、間髪入れず2月から東京でリーダー研修を受けました。
 この連続研修を受けたこと自体が非常に面白い体験だったそうで、リーダー研修を終えて帰る新幹線の中で、何とも言えない高揚感を覚えたと言います。これから患者としてもやっていけるんだ、と霧が晴れたような感じがしました。

踏ん切りついてポンプを使用

 マスタートレーナーの講習は、その年の7月に1週間行われました。せっかくの機会なので、3カ月ぐらい滞在して、米国中の医療機関を見て回りたいと思いましたが、病院からそれだけ休みの許可を得られず、結局は1カ月の滞在になりました。
 講習には世界中から患者が集まっていて、そしてコースが終わるころには昔からの友人のように仲良くなっていました。文化を超えたプログラムの普遍性を感じる体験でした。そして講習が終わった後は、近藤准教授の家を拠点に、サンフランシスコ周辺の病院をいくつも見学させてもらいました。
 8月に帰国、すぐにアクションプランを使ってみました。ずっと、使おうかやめようか迷っていたインスリンポンプに関して、よし使おうと決意して、その障害をひとつずつ取り除いていったのです。3カ月後の11月からポンプを使い始めました。
 ポンプを使うようになって生活の自由度が上がりました。そうこうするうち、糖尿病であってもできないことは何もない、というコンセプトで活動する医師たちから、ホノルルマラソンに誘われました。大学卒業以来、定期的に運動したことなどなく、内科医長として忙しく勤務する身でした。しかし「アクションプランで一丁やってみるか」と、金曜の夜と週末だけ走るようなトレーニングを積み重ねて、1年後の08年12月には見事4時間16分で完走しました。
 09年も参加する予定でしたが、新型インフルエンザ流行の影響で、団体としての参加が見送りとなりました。残念であり、同時にちょっとホッともしているそうです。
 現在は、セルフマネジメントプログラムの関西での中心メンバーとしても活動している神内さんは、こう言います。
「このプログラムは、医療者の視点から見ても、本当によくできています。行動変容のための理論があちこちに組み込んであったり、患者同士で話し合う時には話の内容が深くなり過ぎないように配慮されていたりと、いろいろな工夫が施されています。6週間連続の受講ということに、みなさん抵抗感を覚えるのだとは思いますが、実際に受けてみたら、そんなに大変なことではありません。むしろ慢性疾患の捉え方が劇的に変わると思いますよ」

ワンポイントアドバイス(近藤房恵・米サミュエルメリット大学准教授) ワークショップは、参加者が病気を持って生活していく中で生じる問題、または、病気を持つ人と一緒に暮らしていく中で生じる問題を取り上げるところから始まります。そこでは、怒りや恐れ、不安のような感情や、友人や同僚に病気のことを話していないことで生じる付き合い上の問題、病気のことを過度に心配していろいろ言ってくる家族との関係など、様々な事柄があがってきます。ワークショップでは、これらの問題に対処する技術を学びます。その中には、アクションプラン、問題解決法、運動のやり方、健康な食事の選択、適正な服薬、治療への参加の仕方、コミュニケーション技術などが含まれます。
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