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がんの分子標的② がんだけに存在するもの

96-1-1.jpg究極の分子標的は、がんだけに見られて正常細胞に見られず、しかもその分子ががんの増殖に関与しているものです。既に三つの標的については、薬も使われています。がん研有明病院呼吸器内科の西尾正人部長にうかがいました。

96-1.1.jpg 「多くの『分子標的薬』が実用化されていますが、一般の人がイメージする『がん特異的な分子を標的としてがんだけを狙い撃つ』というものは、まだ多くありません」と西尾部長。

 この意味での分子標的は、極端に言うと、変異型EGFR、ALK融合タンパク質、Bcr-Abl融合タンパク質の三つしかないのです。そう聞くとなんだか難しそうですが、代表的な特効薬を一つずつ挙げれば、それぞれ「イレッサ」「ザーコリ」「グリベック」になります。

 これらの標的の共通点は、遺伝子変異によって作られる異常なタンパク質が常時、勝手に活性化していることです。以下、順を追って見ていきましょう。
図1.jpg


壊れたスイッチ 変異型EGFR

 皮膚や肺、消化管などを構成する上皮細胞の細胞膜上にある「上皮成長因子受容体」(EGFR)の変異型は、勝手に活性化している典型例です。

 EGFRというのは、「上皮成長因子」(EGF)というタンパク質の受容体(レセプター=R)であることを表しています。受容体は細胞膜を貫通して細胞の内と外をつなぐ扉つきのトンネルのようなものです。また、EGFは血液や尿、唾液、涙といったあらゆる体液から見つかっています。

 EGFR遺伝子をわざと欠損させたマウスを作ると、母マウスの胎内で死亡するか、臓器・器官に重い発達不全が起こるほど、細胞増殖では重要な役割を担っています。

 EGFRは、細胞膜の外でEGFが取り付くと、膜の内側の活性部位にエネルギー変換物質であるATPがはめ込まれやすい構造をとるようになり、ATPが付くと活性化します。以降、細胞内の物質が核へ向かってドミノ倒しのように連鎖的に活性化(シグナル伝達=コラム参照)されていきます。

 このシグナル伝達経路は3通りあって、いずれかを経て核に情報が届けられると、閣内の細胞増殖アクションが開始される、というわけです。

 変異型のEGFRには、構造的な変化が起き、EGFなどの増殖因子が何も取り付かなくても、常にATPが付きやすい状態になっています。いわば増殖スイッチが入りっぱなしの状態なのです。

 この変異型EGFRは、日本人の小細胞肺がんで何割かの人に見られる他、割合は少ないものの、胃がん、結腸直腸がん、前立腺がん、乳がん、卵巣がん、腎臓がん、肝細胞がん、神経膠腫、唾液腺がんなどでも見つかっています。次に説明する薬が効く可能性はあります。
図2.jpg
薬はシグナルを遮断

 変異型EGFRを標的としたがんの分子標的薬に「イレッサ」(一般名ゲフィチニブ)があります。
 イレッサはATPよりも早くEGFRに取り付き、活性化を妨げます。EGFR以下三つのシグナル伝達経路すべての大元を絶ってしまうわけです。シグナル伝達を遮断された細胞はアポトーシス(細胞死)することが分かっています。特に変異型EGFRは、イレッサがより取り付きやすい構造になっています。そのためイレッサががん細胞に選択的に効くことになります。

シグナル伝達とは

 体を構成しているすべての細胞は、その一つひとつが体全体の設計図であるゲノム(全遺伝情報)を持っています。そのうちどの情報をどう使うかは、他の細胞との関係性で決まります。
 細胞は、サイトカインやホルモンなど様々なシグナルを他の細胞へ送る傍ら、自身も他の細胞からシグナルを受け取って、自分がどうすべきかの判断を行っているのです。
 他の細胞からシグナルを受け取った細胞では、引き続き今度は細胞膜から核へ向けて、酵素やイオン、タンパク質等を使ったシグナル伝達が始まります。最終的に核に到達すると、核内で、シグナルに従ってタンパク質合成やアポトーシスに向けた反応が開始されます。
 なお、一つの刺激に対して、それを伝えるシグナル伝達の経路が一つとは限りません。このため、シグナル伝達を完全に断ち切って異常な細胞増殖を妨げる治療戦略というのは、想像するほど簡単ではないのです。


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