この夏、麻疹が流行しました。2014年にWHOから麻疹「排除国」※に認定されているのですが、国外から持ち込まれた時の危険性は、昔よりむしろ高まっているようです。
専任編集委員 堀米香奈子(米ミシガン大学環境学修士)
今回の流行では、8月末からの約1カ月だけで100人を超える患者が発生し、35人だった昨年合計の3倍に達しました。
「きっかけは7月末、インドネシアで感染した男性が、帰国玄関である関西国際空港に持ち込んだことと言われています」と話すのは、帝京大学公衆衛生学研究科の高橋謙造准教授。「そこで感染した空港職員が8月初旬に受診した段階で診断がつかなかったため、より感染が拡大したと見られます。近年流行していなかったので医師が疑いを持たなかったのでしょうし、初期には風邪との見分けもつきにくいのです」
命の危険も
麻疹は、免疫を持っていない人が感染すると、ほぼ100%発症します。
通常、10~12日間の潜伏期を経て、38℃前後の発熱や咳、鼻水などの症状が2~4日続いた後、結膜炎のような目の症状や口の中の白い発疹が現れます。そこで熱はいったん引きますが、すぐまた高熱が出て、全身に赤い発疹が拡がります。
症状を和らげる対症療法以外に特段の治療法はなく、3割もの人が別の病気も併発します。その約半数が肺炎で、まれに脳炎も見られ、二大死因となっています。特に大人が発症すると、重症化して深刻な合併症を併発する頻度が高い点、注意が必要です。
何とか治ったとしても、まだ安心できません。麻疹ウイルスが免疫記憶を担う白血球を殺してしまうため、2~3年の間、肺炎など命に関わる感染症にかかるリスクが通常より高くなると、2015年に米プリンストン大学などのチームが発表しています。
免疫あるはずだが
麻疹ウイルスの感染力は非常に強く、1人の患者が平均12~18人に感染を拡げます(この数を「基本再生産数」と言います)。流行性感冒と言われるインフルエンザですら、1人の患者から拡がるのは平均2~3人ですから、飛び抜けています。くしゃみや咳などによる「飛沫感染」、それを触った手などによる「接触感染」に加えて、「空気感染」もします。高橋准教授は、「患者と同じ部屋に20分いるだけで伝染ります。ドアノブなどでも数時間生き残るので、その手で鼻や目を触っても感染するでしょう」と解説します。
一方、感染拡大を阻止するのに集団内で免疫を持っている人の割合がどの程度あればよいか示す「集団免疫率」を、基本再生産数から求めることができ、麻疹では91.7~94.4%となります。
現在の日本人は2歳以上の全年代で、95%以上の人が免疫を持っていると判定されるレベルを満たしています。集団免疫が成立しているはずなのに、それでも感染拡大を許してしまったわけです。ここに麻疹の怖さと排除国ならではの落とし穴とがあります。
免疫が弱くなる
ほとんどの方は「かつてかかったことがある」あるいは「予防接種したことがある」から、自分には関係ないと信じていることでしょう。
ところがそうとばかりも言えないことが、分かってきました。免疫獲得後、ウイルスとの接触が全くないと、免疫は弱まったり消えたりしてしまうのです。排除に成功したため自然な流行の起きない我が国では、人々の持っている麻疹への免疫は弱くなっていく一方です。
そして実は、中途半端に免疫を持っていても、感染を完全には防げないのです。そういう人たちは、典型的症状が見られず風邪と勘違いされがちな修飾麻疹を発症、それでも周囲の人への感染源にはなり得るので、自覚なく拡散することになります。
このような弱い感染も予防できる強固な免疫は、どの年代も8~9割の保有率に留まっています。以前かかったことがある人でも、強固に保っているとは限らず、「二度がかりなし」という過去の常識は通用しない時代になったのです。よって、海外からウイルスが持ち込まれた場合には、修飾麻疹の人を介して感染拡大してしまう可能性が高いのです。免疫を全く持っていない人にウイルスが届くと、命に関わる可能性もあります。
特に免疫が弱まっているかもしれないのが、44歳以上で生後間もなく感染・治癒したという方と、現在26歳から43歳までの方です。
前者の年代の方は通常、自然感染によって強い免疫を持っているものなのですが、乳児期には母親から受け継いだ免疫が代わりに闘ってくれるので、その分、自分自身の免疫としては獲得できていない可能性があります。
後者は、現在2回接種になっている公的な予防接種を、1回しか受けていない人たちです。子育て適齢期のため、妊娠中の感染による流産・早産の可能性があります。しかも今から慌てても、0歳児や妊婦は麻疹のワクチン接種を受けられません。
と、このように我が国は、海外からのウイルス持ち込みに対して弱いのです。全く免疫を持っていない方にとっては、大変に危険な状態と言うことすらできます。排除国だから、とお子さんの予防接種をパスするようなことは絶対にやめてください。
自分や家族が今どうなのか心配な方は、免疫の状態を調べてみる(抗体検査)か、予防接種してしまいましょう。かかりつけ医や自治体、保健所などに相談してみてください。
※国内由来の麻疹ウイルス感染が3年間確認されず、ウイルスの遺伝子解析で感染経路が確認されている国。