厚労省医政局長から愛育へのアドバイスの中身

投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2009年04月10日 12:00

愛育病院が今年1月に労基署から是正勧告を受けていた問題で、
その後の病院側の対応について、
4月6日午後、同病院院長室で小さな記者会見が行われました。

そこで、本当に驚くべき内容を耳にしました。


愛育病院が受けた是正勧告について、一連の経緯はこちらをご参照下さい。

愛育病院に労基署が是正勧告
愛育病院が総合周産期センターの指定返上を打診
「愛育病院は厚労省と調整へ」-東京都が見解
(解説記事)なぜ愛育病院は「総合周産期母子医療センター」返上を申し出たか(上)
       なぜ愛育病院は「総合周産期母子医療センター」返上を申し出たか(下) 
 
愛育病院側は、是正勧告に従えば常勤医がすべての当直に加わることができず
非常勤医2人での当直体制になることもあるため、
「総合周産期母子医療センターとしてそういう体制が許されるのか」と考え、
総合周産期センターの指定返上を都に打診していました。

愛育病院側の唐突な指定返上の申し出に慌てた都や厚生労働省は、
翌日に中林院長ら病院側と会談の場を持ちました。

その会談内容について、26日付の朝日新聞の報道で、
「厚生労働省の担当者からは25日、労働基準法に関する告示で
時間外勤務時間の上限と定められた年360時間について、
『労使協定に特別条項を作れば、基準を超えて勤務させることができる』と説明されたという」
との内容が流れていました。

この報道内容をそのまま受け止めると、
厚生労働省が病院に「過重労働してもいいですよ」と言ったということになります。
医療者の過労死裁判に多くかかわってこられた、松丸正弁護士にこの話を伝えますと、
「行政が『過労死してもいい』と言っているようなものではないか。行政のそういう態度が問題だ」
と、大変憤慨しておられました。

ただ、朝日新聞の報道では、「厚労省の担当者」としか書かれておらず、
厚生労働省内の旧労働系の労働基準局なのか、旧厚生系の医政局の、
どちらが言ったのかが分かりませんでした。
①結果的に医師の過重労働を容認するような形となる助言を病院長にした
②内容として、明らかに労働マターの話
一体どちらの局の「担当者」がそういう発言をしたのか、確認しなければならないと思っていました。


そこで、会見時に中林院長に尋ねると、

「医政局長です」と。


!!!!!
担当者レベルではなく、医政を束ねる局長がそうおっしゃったのか、
しかも、これは労働基準局側にも触れる内容ではないのかと、大変驚きました。


中林院長は、
「外口局長が
『生きた行政をやっている医政局として、今の(労使協定の)条項では
病院を運営していくことはできないので特別条項を使ってクリアしたらどうか』
と、アドバイスをしてくださった」
とお話しされました。


これは、かなり問題ではないか?と感じました。
(記事のコメント欄に、法務業の末席様からもご指摘を頂戴しました内容ですね)


しかし、これは中林院長からのお話ですので、外口局長に事実を確認せねばなりません。
そこで、医政局書記室に上記の内容が事実であるかどうかをメールで、
文字にして尋ねました。

すると、翌日にこんな回答を頂戴いたしました。


======

「外口局長が『生きた行政をやっている医政局として、
愛育病院が医師の処遇に努力されていることも理解しているが、
三六協定の締結は求められており、勤務する医師の過半数を代表する者と合意することで
特別な定めをすることができるようなので、
監督署とよく相談してみたらどうか』と、アドバイスをしてくださった。」

という趣旨の発言をしたとの確認をいたしましたので、回答いたします。

======

ほー。
「特別条項」という文字は抜け、「こんな抜け道がありますよ」というニュアンスも
やわらいでいます。


なるほど、ですねえ。
大変、勉強になりました。
 
 
 
 
 
 
 
また、中林院長は会見時、
「月80時間(の時間外労働)なら過労死ラインになってしまう。60時間ぐらいなら何とかなるのではないか」
と仰っていました。

松丸弁護士はこれについて、
「ちょっと時間外で働けば今の医師の状況なら60時間なんてすぐになってしまう。
やはり違法状態にならざるを得ないのでは」
と、溜め息混じりに話しておられました。

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コメント

 この種の所管外の話を局長クラスが所管部局と相談せずにやってしまうことはありえません。

中村利仁先生

ありがとうございます。
「厚労省全体として」ということかと。

>熊田さま
一連の記事で状況がなんとなく飲み込めました。
要するに、
①愛育病院は労働基準法違反の疑いで労基署に勧告を受けた。
②愛育病院は、労働基準法違反の状態を解消せずに、周産期医療の継続ができないと返上を申し出た。
③厚生労働省の医政局長が、返上せずに、継続できるアイデアをアドバイスした。
ということですね。
法令データ提供システム(http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi)で、労働基準法を検索してみると
第三十二条  使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
という大原則がある一方で、
第三十六条  使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
といういわゆる36協定の規定があり、これに基づいて時間外労働ができるということになっています。
しかも、その協定はあくまでも「労使の合意」が前提であり、さらに、36条2項に厚生労働大臣が基準を定める規定や、4項に労使双方に行政官庁がアドバイスする規定まであり、一方の都合で濫用できないよう歯止めもかけられています。
即ち、「医政局長のアドバイス」というのは、労働基準法違反の勧告を受けたとしても、それゆえにただちに周産期施設の指定返上という選択肢を取るのではなく、36協定を締結すれば合法的に対応可能となる可能性があるかもしれないから、所轄官庁と相談したらどうかというものであり、さらに言えば、愛育病院が指定を返上することよりも、何とか工夫をしてもらって、指定を継続してもらった方が住民にとってもプラスであることは明らかです。
こうした点を考慮すると、至極真っ当なアドバイスのような気がするのですが・・・。

勿論、36協定の範囲内では適切な勤務体制を到底実行できないということであれば、それでは解決できないということになりますが、その点は報道の範囲では良くわかりません。
そのことよりも、医療法には、
第七条  病院を開設しようとするときは開設地の都道府県知事の許可を受けなければならない。
とあり、個々の病院の問題は、一義的には都道府県の問題である筈なのに、何故厚生労働省が出てくるのか? 大臣が「東京都には任せられない」と言ったことと関係してるんでしょうか?

>個々の病院の問題は、一義的には都道府県の問題である筈なのに、何故厚生労働省が出てくるのか?

それは恐らく、二言目にはすぐ「国は何をやっているんだ」と言いたがる国民性にも理由があるのではないでしょうか。

労働環境改善がもたらすもの

32条を持ち出したところがお役所的というか、労働状況の改善ではなく協定によって体裁を整えなさいと両者が口裏を合わせていることは中村利仁さまが発言されているとおりです。それを愛育病院の院長は理解できず、指定返上発言したことは厚労省にとってむしろ意外な反撃だったのかもしれません。

医療者、特に医師の労働条件を改善することが本来の目的だと信じて考えてみます。外科に入局した時にまず言われたことは「土日も毎日一回は患者の顔を見ること」でした。これは到底守れません。また「担当患者の手術には必ず入室時から退室時まで付き合うこと」「ICU入室中は毎日患者の状態を教授に報告すること」も守れません。これらのルールは責任感を育てる手段であったと思います。その後医局は手術件数が激増し、時間や手順を定めて手術中に執刀医が交代するルールを導入し、病院がICUの体制を改善し、研修医の一人当直が認められなくなり、結果として入局時のルールはほぼ撤廃されました。そして「自分の患者」という意識から「自分が中心となって医局で診ている患者」という意識へ変化してきました。良く言えばシステムとして診る意識に変わったのですが、悪く言えば患者に対する個人的責任感はなくなり、外科を辞める一つの要因にもなったと思います。

ふじたん様がおっしゃるとおり、医師特に勤務医の労働(Labor)条件改善は不可欠でしょう。
わが国はどうしても開業医中心の制度になっているので、救急なども当直対応が中心となっているのでうが、開業医が働くのはWorkであって、Laborではありません。勤務医の場合は本来当直でなく、夜勤として対応すべきであると思います。そういう前提で人員配置なども考える必要があるような気がします。
ただ、36協定の趣旨は、「労働者を無闇に働かせる」ということではなく、時間外労働は一定の収入増加の意味も持つので、労使が合意して収入増の手段として一定限度時間外労働を行うのはいいですよということになるので、その範囲で解決できるような状況(医療の場合は困難なことが多いでしょうが)であるならば、それはそれで一つの選択肢になり得るものとは思います。

パンダさま
  
ありがとうございます。
ブログではこの部分をピックアップしておりますが、
取材を進めるうちに、現場の労働の問題の上に被さるようにして、
「天空」のポリティクスもありそうだと感じました。
そこには、厚労省も関わらざるを得ないのでは、と感じる次第です。

>ほー。
>「特別条項」という文字は抜け、「こんな抜け道がありますよ」というニュアンスもやわらいでいます。

>なるほど、ですねえ。
>大変、勉強になりました。


4月14日参議院厚生労働委員会での梅村聡(民主党・新緑風会・国民新・日本)議員とのやり取りをご覧ください。何が問題点なのかおわかりになるかと思います。

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/library/reference.php?page=1&cd=3170&tx_mode=consider&sel_kaigi_code=0&dt_singi_date_s=2009-01-05&dt_singi_date_e=2009-04-14&tx_speaker=&sel_speaker_join=AND&tx_anken=&sel_anken_join=AND&absdate=2009-04-14&sel_pageline=10&dt_calendarpoint=2009-03-15&abskaigi=no

36協定の特別条項ですが、月45時間を超える部分について、月単位だと年6回しか使えません。(東京労働局の労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準(限度基準)のパンフレットを参照のこと)
http://www.roudoukyoku.go.jp/roudou/jikan/roudou_kijuihou/pdf/roudou1.pdf

つまり月80時間の時間外が6ヵ月続けば、後の6ヵ月は45時間を超える残業を命じたり、働かざるを得ない状況を作れば、労働基準法32条違反です。

この特別条項は強行規定なので、労使が12か月全部について合意し、年間枠を設定しても無効で、法律が優先します。

つまり愛育病院に残された時間は6ヵ月しかなく、その6ヶ月後には45時間に収まる勤務にするか、今から交互に45時間を守るかしか道がありません。

ここまでの理解が及んだ上でのアドバイスかどうかは、半年後の動向を見守りたいと思います。
産科だけの問題ではありませんので、他の科の状況も冷静に眺める必要があろうかと思います。

私の予測では、違法状態の解消は、指定返上以外ではあり得ないと思います。

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