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ニュース〜医療の今がわかる

なぜ愛育病院は「総合周産期母子医療センター」返上を申し出たか(下)

勢いづく旧労働省
(熊田梨恵)

 「ここ2年ほどで、病院が労基署から是正勧告を受けることが増えてきたと感じる」と話すのは、医師の労働環境の問題などに詳しい、札幌市在住の小児科医の江原朗氏だ。「07年には11か所の国立病院が是正勧告を受けており、このころから大学病院など一定規模の病院に対する是正勧告が増えてきた。また、以前は医師の労働環境についての国会質問は野党側からがほとんどだったが、ここ2年ほどは与党側からの質問が多い。これまで医療界が"聖域"と見なされていた風潮が、あくまで数ある業界の中の一つとして、業種間のバランスを持って捉えられるようになってきているのでは」

 2008年からマスメディアに報道されただけでも、山梨県立中央病院や東北大病院、長崎大病院などで残業代の未払いの問題などがあった。今年1月22日には、北九州市立医療センターもいわゆる「名ばかり管理職」の医師への残業代の不払い分について、過去2年間分の支払いを求められるなどの是正勧告を受けていた。札幌医大病院では医師の時間外の割増賃金が正当に払われていない疑いがあるとして医師の勤務実態に関する内部調査を開始するという。極め付けは、つい10日ほど前に共同通信に報道された滋賀県立成人病センターの事例。大津労働基準監督署が、医師の残業代に一部未払いの疑いがあるとして、同センターを運営する県病院事業庁と幹部らを書類送検していた。ついに刑事司法まで巻き込む事態になっている。

 相次いで起きているかのように見える病院への立ち入り調査や是正勧告。これらの労基署の動きについて、「本省から強い指導があったからだろう」と旧労働省側の厚労省職員は見る。

 この場合の「本省」とは、当然のことながら病院を所管する旧厚生省系の部局ではなく、旧労働省系部局だ。縦割りを維持し、互いの領域には口を出さないで来たはずの両者の間に何があったのか。

 旧厚生省と旧労働省が2001年に厚生労働省として合併後、キャリア事務官のトップとなる「事務次官」には、旧厚生系出身の近藤純五郎氏が初代事務次官となったのを皮切りに、厚生系と労働系が交互に就いていた。しかし旧厚生系の辻哲夫氏が早々と退任した07年8月、当時問題となっていた年金記録問題の解決を図るためとして、旧厚生省出身で元内閣府事務次官の江利川毅氏が就任して、このたすき掛けが崩れた。しかもショートリリーフと見られた江利川氏が、政局の不安定さゆえにズルズルと留任し、労働側から見ると長くトップの座を奪われた格好だ。

 サブプライムローン以来の米国発不況で、非正規雇用者をめぐる問題が注目を集めるなど、近年にないくらい労働行政の重要さがクローズアップされている。この状況下、年末の日比谷公園で日雇い労働者が年越しをする「日雇い派遣村」の際の労働系官僚の対応は迅速で、「労働系の株はうなぎ登り」(国会議員)という。対して、旧厚生系部局は、年金や薬害、医療崩壊で失策を重ねた。これにより力関係が逆転したと見る向きもある。しかも、そろそろ次官人事が行われるとの見方も強く、次の事務次官には、順当に行けば旧労働系幹部が就くとみられる。

 関東圏の労働基準監督署の職員も「去年ぐらいから、本省側が活気づいているように思う」と話す。舛添厚生労働相が「厚生労働省は大きすぎる」と3月初旬に示した、年金省・厚生省・労働省に分割するという省庁再編案についても、「元の形に戻るだけになるので、労働側には歓迎されていた」と、別の厚労省の職員は明かす。

 ここで愛育病院の問題に話を戻せば、恩賜財団母子愛育会・愛育病院理事長の古川貞二郎氏は厚生事務次官や厚生省顧問などの後、全官僚のトップである元内閣官房副長官を務めた。古川氏の意向を無視して愛育病院が指定返上を申し出るとは考えられないし、官僚の世界を知り尽くした古川理事長が、何の思惑もなくそれを許すと見るのはお人好し過ぎるだろう。古川理事長は言う。「労働者を守るという労働基準法の精神を尊重した上で、医療者の勤務実態を把握して医療者を保護できるよう、労働基準法を勤務実態に合わせていくことを早急に検討していくべき。また、産科などの医師確保や助産師の活用も含めて医療供給の在り方を是正し、確保していくことも、早急な課題だ」

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