岩瀬博太郎・千葉大学大学院法医学教室教授インタビュー
医師法21条を改正したら全て丸く納まると期待している方がいらっしゃるかもしれませんが、業務上過失致死という罪がある限り、医師が逮捕されうることに変わりはありません。さすがに刑法は改正できないのではないでしょうか。
警察の医療事故に対する捉え方は、基本的に交通事故の場合と似ています。歩道橋から転落してくる人をよけられずに車ではねてしまったとしましょう。これをすぐに警察に届け出れば、お咎めなしだと思いますが、届け出ずに逃げたら、ひき逃げ事件として厳しく捜査されて逮捕さます。警察の思考回路はそういうものですし、それが国民に広く受け入れられてきたことも事実です。
――警察取材をした経験で言うと、確かにそうかもしれませんね。
法医学会の異状死ガイドラインに沿って異状死の届出さえしていれば、少なくとも届出義務違反での逮捕のリスクは最小限に抑えられますし、しかも届出のあと司法解剖されたものでも、多くは起訴されていないのも事実です。むしろ、たとえば関西などでは届け出た方がヤクザに付けこまれないで済むといって届け出る医師も多いという噂も聞きます。
問題の本質は国民の医療者に対する不信感だと思われます。その不信感を消す努力がまず必要ではないでしょうか。医療過誤が業務上過失致死被疑事件となりうるような現行の刑法を変えない限りは、遺族は自分達が医療過誤の被害者であると認識しさえすれば、いつでも警察に告訴できます。遺族が告訴してきた場合、普段は医療事故など全く関心のない警察としても調べざるを得ません。
もし、告訴された時点で、その医療関連死事例が、届出先機関(現行法では警察)に届出られていないということになったら、ひき逃げ事件と同様、証拠隠滅を疑われ厳しく捜査されることもありえます。これは、届出先が現在のように警察であっても、医師法21条改正により第三者機関に変更されても変わらないでしょう。つまりは、医師法21条を改正しても、しなくても、臨床医が届出先機関に幅広い医療関連死を届け出る習慣が形成されない限り、臨床医は遺族から刑事告訴され、逮捕されるというリスクから逃れられないということなのです。幅広い届出を行う習慣が形成されれば、医師への不信感も減っていきますし、必要以上に厳しく捜査され、また逮捕されるようなリスクは減っていくのではないでしょうか。