岩瀬博太郎・千葉大学大学院法医学教室教授インタビュー
かなり法律も風土も違うのかもしれません。米国では、良い医療は高く、安い医療を買った以上何か起きてもそれは民事の問題だ、考えられているのではないでしょうか。建前上、国民全員が同じ価格で均質な医療を受けるのが建前となっている国民皆保険の日本とはだいぶ違うような気がします。しかも、日本の判例では既に医療過誤を刑事事案としてしまっていますので、これを止めさせる事は、刑法でも変えない限り中々難しいと思います。
――話を戻しまして、異状死を届け出ようにも解剖施設が足りないというご指摘でしたが、ただでさえ医療費抑制圧力が高い中、そんなお金のかかりそうな話に国民の理解が得られますか。
国民が法医解剖制度の現実を知らなすぎるのは事実でしょう。ほとんどの国民は、すべての都道府県に監察医がいて、犯罪死体の解剖をし、警察を指揮していると思っているでしょう。米国の監察医は確かにそうだし、捜査を命じる権限も持っています。でも日本においては、殆どの地域には、監察医制度は存在しませんし、監察医制度のある地域でさえ、監察医は公衆衛生目的でしか解剖することができず、犯罪死体の解剖を行ってはいけないことになっていますし、捜査権限もないので、警察の使い走りでしかないのですよ。こうした、日本の現行制度において、どれだけの殺人を見逃しているかとか、どれだけの感染症、事故を見逃しているかとか、真実を知ったら国民は怒りすら覚えると思います。
諸外国なみに、人口100万人に一つ解剖施設を持つとして、医師10人、パラメディカル20人を雇って、設備維持費など含めても年間3億円あればお釣りが来ます。全国で年に300億円あれば済む計算です。これによって殺人の見逃し、感染症の蔓延が防げる上幅広い医療事故例の届出を受け付けることが可能になるでしょうし、そうなれば、医療者に対する不信感もぬぐえますので、医療者にとってもメリットがあります。そうなってこそ、届け出義務違反での逮捕はなくなりますし、民事裁判でも死因不明ゆえに出てくる不当な判決は減ると思います。