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ニュース〜医療の今がわかる

岩瀬博太郎・千葉大学大学院法医学教室教授インタビュー

――日本の状況が当たり前だと思っていると、そういう解剖施設や調査機関が必要とは気づきませんね。

 気づかないだけで、かなり実態は恐ろしいんですよ。例えば、ある方が、病院で何らかの薬剤の過量投与で死亡したとしましょう。スイスの場合、異状死体は2000種類の薬物スクリーニングをすると聞きます。しかし、日本には、ある死体にどんな種類の薬物がどれだけの入っているのかを測定する検査拠点がどこにもありません。この間あったように、サリチル酸を使用した殺人事件が民事裁判で疑われた例が、刑事事件になってないようなことが起きるんです。また、多くの毒物を使った殺人も複数殺されてやっと発覚するのも事実です。そもそも、最初から日本には調べるシステムもないので、仕方が無いといえばそれまでなのですが。

 また、本来、法医解剖の制度は、犯罪の解明のためだけにあるわけではないのですが、なぜか日本では犯罪のためだけに存在しているかのような運営がされていて、それも問題です。たとえば、香港から帰国したばかりの人が死んでいたという場合、日本の現状では死因を調べる場所がないんです。息があるうちに病院に連れられればともかく、病院外死亡の場合、事件性がないとなれば誰も調べません。だから、私はSARSが日本に入っていないというのを信じていません。気づかれなかっただけ、たまたま蔓延しなかっただけだと思います。

――なぜ日本はそんなシステムなのでしょう。

 解剖の施設面では先進国の中で飛びぬけて貧弱であることが一つの原因ですし、捜査・調査部門の面では江戸時代の徳治政治をいまだに引きずっているということがもう一つの原因だと思います。江戸時代では、5人組で悪いことをした人間は周囲が密告するでしょうが、今はお隣さんの顔も知らないし、そもそも誰が本当のことを話しているのか供述がアテにならないのだから、初動捜査でミスする危険性が高いといえます。

 他の先進国では、解剖による死因決定後に犯罪性の有無を決めているといえますが、日本では、解剖する前から警察が犯罪性の有無を大筋で決めてしまい、犯罪性がないと周囲の状況・供述から判断したものは何も検査せずに火葬してしまいます。こんな状態ですので、初動段階での嘘の供述を信じてしまったら、後になって解剖による大事な証拠保全ができていないということになるのです。

 病院内死亡の処理についても、同じかもしれません。医療者が悪いことをするはずがないという性善説が成り立っていたころは、古い制度でもよかったのでしょうが、患者さんの医療不信が高くなってきた現在では、古いままのシステムではお手上げです。

 ただ、こうした古いままの制度は、国民には良くないけれど、お役人さんたちにとっては良いシステムかもしれません。

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