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ニュース〜医療の今がわかる

岩瀬博太郎・千葉大学大学院法医学教室教授インタビュー

――ということで、法医解剖施設を作りなさい、と。

 それも当然大切ですが、死因を確定させるには、実は解剖のような科学的検査を行うだけでは片手落ちです。死因調査においては、解剖などの医学的死体検査と、詳細な状況調査の2つが車の両輪といえますし、いずれも不可欠なものです。ですから、解剖施設だけではなく、捜査・調査機関の設計も重要です。

 例えば歩道橋の下で頭から血を流して死んでいる人がいたとします。解剖によって医学的には死因は脳挫傷ということが分かると思いますが、車にはねられたのか、歩道橋から自分で落ちたのか、誰かに落とされたのかによって、死因の種類は、交通事故、自殺、殺人といったように全然違ってくるわけです。病院でも同じで、人工呼吸器が外れた状態でベッドで死んでいた患者さんがいるとします。解剖所見は窒息死ですが、看護師のミスかもしれないし、遺族が故意に外した殺人事件かもしれません。病院内死亡だからといって、医療事故にだけ気をとられて調査するだけではダメだということでもあります。

 だから解剖施設と同じくらいに、調査部門が重要なのです。現在は警察の捜査一課の下に検視官がいて、その役割を担っています。しかし、犯罪だけでなく事故や公衆衛生的な側面まで見るとなると、捜査一課の下に位置する立場ですべて行うのは不可能だと思います。

 制度設計の上では、解剖と状況調査の2つの因子をどう設計するかが大変重要です。この2つの因子をそれぞれ独立させるか、米国のメディカル・イグザミナーのようにすべての権限を集中させるか。日本の現状制度から移行しやすいのは独立型でしょうか。例えば、現行の警察組織とは別個に検視局のようなものを作り、警察から独立した形で、捜査一課と少なくとも対等、できれば上位機関として置いてあげる。そこには当面、現在の検視官や裁判官、弁護士、医師などが出向すればよいと思います。

 そこで変死事例や病院での異状死の届出を受け、解剖の必要があったら法医解剖施設に解剖を依頼、捜査の必要があったら警察を動かすというようなものがいいのではないでしょうか。これは、メディカル・イグサミナーではなく、コロナー制度に近い考えだとは思いますが。また、ドイツやフィンランドでは、警察が日本以上に柔軟に対応しているので、日本に似たような制度でありながらも、理想に近い形で運営されていますが、それも参考になるのではないでしょうか。

 この話は、実は医療事故調査の第三者機関の設計と絡みます。今は医療事故の部分だけをよくしようと厚生労働省主導で先行していますけれど、医療事故だけ別にして取り扱おうとする姿勢は、「自分たちが責任逃れをしたいからだろう」とか、「相変わらずの隠蔽体質なのではないか?」などと、遺族側の弁護士さんなど法曹関係者たちからは冷ややかに見られていると聞きます。そんな中で、医療事故だけのための中途半端な第三者機関を作ろうとすると、しっぺ返しを食らうかもしれません。もっと本来の姿に立ち返って、死者の尊厳や、国民の人権を守るために死因究明をやるという発想に立てば、医療者以外にも受け入れやすいでしょうし、そうすべきだと思います。そうすれば、医療関連死事例が法医解剖されるからといって犯罪扱いされるわけでもなくなっていくでしょう。

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