松澤佑次・住友病院院長インタビュー
富士山に登りたいという時、地道に一歩一歩山の周りを登っていくことも大切だけれど、周辺をウロウロしているだけだと、いつまで経っても山頂に着きませんよね。研究にブレークスルーを生むためには、ある瞬間に山肌を垂直に登っていくような、アイデアと新しい技術の組み合わせが不可欠だと思います。
我々がラッキーだったのは、ちょうど日本でCTが普及し始めた時期に、脂肪量を測定したいと考えていたことでしょうか。もちろん、いきなりCTを思いついたのではなくて、最初はどうやって脂肪量を測ったらよいか分からないから、アルキメデスの原理で比重を計ったらどうや、と、大きな水槽に肥満患者をドボンとつけて、排水量を測定したりしていたんですよ。そんなことをしているうちに、放射線医学の雑誌に、放射線を当てると臓器毎に見え方が異なるという論文が掲載されたんですね。で、これは使えないかと、徳永君(勝人氏)と工夫して測定法を編み出しました。といっても、CT写真を青焼きにして、ゼロックス複写して、内臓脂肪のところだけ切り抜いて、その紙の重さを測るという原始的なものです。紙をチョキチョキ切っている姿を見て、これのどこが医学研究なんだとウチの研究室に入るのをやめる人もいたくらいです。
そうやって苦労して測った輪切りの内臓脂肪量と症例とをクロスしてみると、皮下脂肪と内臓脂肪の比率が人によってマチマチで、明らかに内臓脂肪が悪いだろうという傾向が見えたのです。欧米では日本ほどCTが一般に普及していなかったので、脂肪量の指標をウエスト径で済ませていました。この差は大きいです。
――新しい技術といっても、実は泥臭いのですね。
分子生物学的アプローチになってから一気に成果が出て華やかになってしまったのですが、その花が開いたのも「水槽にドボン」や「紙をチョキチョキ」の時代があったからです。
最近はこうした地道にふもとから歩いていく作業を省略して、ヘリでいきなり山頂に下りるような研究者が増えているように思います。臨床抜きで、いきなり遺伝子に着目してノックアウトしたりトランスジェニックしたり。それで面白い結果が出れば確かに論文は書けますから、見かけ上の業績は積み上がるでしょうが、ふもとから地道に歩いた方が達成感は間違いなくありますよ。前段の苦労するところがあるから、発見の喜びも大きくなるのです。
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