地域医療の荒廃、「選択と集中」が原因
「選択と集中」という言葉は、企業間では統合や再編、企業内では不採算部門の切り捨てや他企業への譲渡などを意味する。
営利企業が生き残りを図るためには、「儲かることに特化して儲からないことは切り捨てろ」というごく当たり前の考え方。少し前に流行したが、最近はあまり聞かなくなった。
ところが、この「選択と集中」という言葉、医療費抑制を主張するために使われ始めた。最大利益を優先する世界と、国民の生命や健康を守る世界とを同列に扱うのもおかしな話だが、「救急医療という不採算分野を選択・集中せよ」という意味で使っているのも変だ。
2010年度の診療報酬改定に向け、厚生労働省・社会保障審議会の医療保険部会(部会長=糠谷真平・国民生活センター顧問)は7月15日、「診療報酬改定の基本方針」などの議論を開始した。
同日の会合は、9日の「医療部会」と同様、まず厚労省の資料解説から始まった。冒頭、保険局総務課の担当者が2010年度診療報酬改定に関する政府・与党の方針を紹介。産科や小児科をはじめとする救急医療を重点的に評価する「選択と集中」という考え方が示されているとした。
意見交換で日本医師会は、「地域医療の荒廃の原因の1つとして、『選択と集中』があった」と主張。「診療所も疲弊して地域医療が崩壊するような状況が起こる。診療報酬の配分の見直しではなく、やはり医療費全体の底上げが必要だ」と訴えた。
これに対して、経団連の委員は「診療報酬の引き上げを求める声が強いということは分かっているが、改定率の検討に当たっては昨今の経済情勢や健保組合の財政情勢などを十分に配慮すべき」と切り返し、診療報酬の全体的な引き上げを否定。「病院と診療所の再診料の格差の是正なども積み残した課題だろう」と付け加えた。
保険者もこの意見に続いた。「経済の低迷の下、保険料収入の落ち込みなどで極めて厳しい状況」「保険料負担の増大につながるような全体を引き上げるような状況にはない」「健保組合はもっと厳しい状況」などの意見が相次ぎ、"多勢に無勢"という状況だった。
そんな中、今回から新たに委員に加わった樋口恵子委員(高齢社会をよくする女性の会理事長)が、「各国を比較してみると医療費を含む社会保障費について、日本は他の先進国より決して高い水準でもなければ高い比率でもない」と指摘、次のように要望した。
「財源を無限に使っていいとは言う気はないが、限られた財源の中でいきなり『選択と集中』と言われると、とても戸惑うものがある。こんなに疲弊してしまった医療をどう回復していくか、そういう側面からぜひご討議いただきたい。『選択と集中』よりも、『分散と公平』を図っていただきたい」
以下、厚労省の説明と委員の主な発言は次ページ以降を参照。
【医療部会と医療保険部会】
診療報酬改定の基本方針を決めるのは、社会保障審議会の「医療部会」と「医療保険部会」。とても分かりにくくて迷惑なネーミングだが、議論の内容は前回より分かりやすいかもしれない。
今回の「医療部会」は救急医療が中心。「補助金を出しているのに診療報酬も付けるようなことはやめよう」「いや、救急医療は二重、三重の評価が必要だ」という展開が予想される。
ただ、24時間365日、全診療科の医師、看護師、検査技師らが稼働する重装備の救急医療体制(ER)の整備に医政局は乗り気なので、このような"救急医療のトップランナー"は特別扱いかもしれない。
一方、保険制度が中心の「医療保険部会」は、経済界や保険者代表の委員らがひしめいているので、「厳しい財政事情の下、医療費の全体的な底上げなんてどんでもない」というお墨付きを得るための会議。
このほか同部会では、昨年7月に凍結されて以来、厚労省の恨み節が聞こえそうな「後期高齢者終末期相談支援料」を復活させる議論が中心になる。
【目次】
P2 → 「さまざまな配分の見直しが考えられる」 ─ 厚労省
P3 → 「全体的に見ていかなければならない」 ─ 日医
P4 → 「昨今の経済情勢や健保組合の財政に配慮すべき」 ─ 経団連
P5 → 「医療は『選択と集中』よりも『分散と公平』で」 ─ 樋口委員