医療機関の情報公開と患者のプライバシー
「散らかっている部屋に他人が入れば綺麗になる」─。医療事故や薬害を防止するため、医療機関が保有する情報をできる限り公開すべきだという考えがある。これに対して、患者のプライバシー保護の観点から、投薬や検査の内容、傷病名などの個人情報が他人に漏れる危険性を指摘する声もある。(新井裕充)
※ 意見が対立した2月3日の審議はこちらを参照。
厚生労働省は、患者にとって分かりやすい診療報酬や医療の透明化などを進めるため、診療内容が詳しく分かる医療費の明細書をすべての患者に無料で発行する医療機関を現在よりも増やしたい意向だが、明細書の発行を希望しない患者がいることや、診療費を立て替え払いした他人に患者の情報が漏れる危険性などを指摘する声もある。
例えば、交通事故で救急搬送された患者の診察費を他人が立て替え払いした場合、患者の個人情報を含む明細書を他人に発行してもいいか、別のケースではどうか。個別の事例ごとに医療現場の判断に委ねるのか。もし、患者がプライバシー侵害などを主張する場合、その相手方は医療機関か国か、責任の所在をどう考えるのか─。
患者情報の取り扱いについてあいまいな点を残したまま、明細書の発行をめぐる議論はひとまず決着した。4月の診療報酬改定について審議する厚生労働相の諮問機関・中央社会保険医療協議会(中医協、会長=遠藤久夫・学習院大経済学部教授)が2月5日に開かれ、厚労省が示した明細書の発行案を全員一致で了承した。
前回の提案では、「正当な理由のない限り、全ての患者に対して明細書を無料で発行する」としていたが、今回は「正当な理由のない限り、原則として明細書を無料で発行する」に修正。明細書の発行を希望しない患者などへの対応について、「会計窓口に『明細書を希望しない場合は申し出て下さい』と掲示すること等を通じて、その意向を的確に確認できるようにする」と付記した。
つまり、患者のプライバシー保護を医療現場の運用に委ね、クレーム対応などの負担も現場が負うということ。今回の修正案は、「全ての患者に対して」の文言を削除して、「全員発行」の方針を一歩下げたように見せながら、「事実上の全員発行」を医療機関の責任と努力で進めさせていくという、まさに厚労省らしい玉虫色の書きぶりだった。
厚労省の担当者は、 「大きな枠組みは前回提出したものと同じ」と説明。会議終了後の記者説明でも、「全員に発行する方針は変わらない」と言い切った。厚労省の方針が大きく転換したわけではないのに、診療側の委員は笑顔で厚労省案を支持。意見が割れた2日前とは違って、笑い声があふれる和やかな雰囲気の中での決着だった。
全員一致で了承された後、長年にわたって明細書の全員発行を訴えてきた勝村久司委員(連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員)がようやく口を開いた。すると、それまで笑顔だった診療側委員の表情がみるみるうちに曇り始めた。しかし、"時既に遅し"だろう。勝村委員は次のように述べた。
「自分の部屋は非常に散らかっていて片付けていない。だから、お客さんが僕の部屋に入ろうとすると、いろいろと理由を付けて『入ってくれるな』と言うんですけど、どうしても『入ってくる』と言ったときに初めて部屋を掃除する。綺麗にしていこうという努力をしていく。そういう情報開示の力っていうのが、きっとあるんじゃないか。それは、入ってくる人が国民であり患者であり、本当にそこの主役である人が入ってくる。(医療現場の)皆さんが本当に一生懸命やっている所に力になっていこう。一緒に片付けていこう。何をやったら完璧ということはないかもしれないが、こういう一歩を頂けたことはありがたいと思う」
なお、明細書発行に関する厚労省案は2ページ、同日の議論は3ページ以下を参照。
【目次】
P2 → 「大きな枠組みは前回提出したものと同じ」 ─ 厚労省
P3 → 「この案で2号側の先生方のご了解を得たい」 ─ 白川委員(支払側)
P4 → 「現状では賛成できないが、賛成したい」 ─ 渡辺委員(診療側)
P5 → 「国家が責任を負う制度にしていただきたい」 ─ 嘉山委員(診療側)
P6 → 「現場の忙しい医療機関に負わせるのは大変」 ─ 邉見委員(診療側)
P7 → 「今後何が起こるか非常に不安がある」 ─ 鈴木委員(診療側)
P8 → 「より分かりやすいものを段階的に検討する必要がある」 ─ 三浦委員(診療側)
P9 → 「私は賛成する立場で特に何も問題はない」 ─ 安達委員(診療側)
P10 → 「綺麗にしていこうと努力する情報開示の力がきっとある」 ─ 勝村委員(支払側)