村重直子の眼5 小野俊介・東大大学院薬学系研究科准教授(下)
小野
「データ自体もそうですが、安全性に関する職員の判断を全部出すことによって、色々と面白いことが起きるだろうと思います。私は全てを出した方がいいという考えです。今、透明化と称して表に出ているのはプロセスですよね。最近、PMDAや厚労省は『こういうプロセスで安全性評価をしています』と国民に出すようになったじゃないですか。あれはあれで大きな進歩です。
一方、村重先生がチェックという言葉で言っているのは、起きた副作用等に対する評価と対応を、誰かが独占的にやるのではなく、皆でやりましょうということですよね。例えば、副作用が発生しているかもしれないのに、何も対応が採られていない状況があったとして、『何もしてないから怒る』ということではなくて、『何もしないのはしないなりの理由があるのだろうから、その理由が外から分かるようにしておいてください』と。何もしていないのが、ボーっとして気づいてないから何もしてないのか、気づいたけど『許容範囲』だから何もしてないのかが、今は役所の外からは見えないんです。情報公開が進めば、役所の外の人が『なるほどこういう理由で何もしてないのね』と分かったり、何十億円もかけて作ったシステムが、役に立っているのかどうかが議論できるようになると思います。
PMDAはデータマイニングうんぬんで大きなデータを扱っており、統計学的なアラームが日々立っているはずです。同時にそのアラームを日々握りつぶしているわけです。握りつぶすことが悪いわけではないですから、誤解しないでくださいよ。握りつぶすのは、普通は、理由があるわけです。『これは偽のアラームではないか』『これは対応するとそのための患者への不利益の方がむしろ大きくなる』などとPMDAか厚労省の『誰か』が日々判断しているはずなのです。その『誰か』と『理由』が国民に見えるようにしなければいけません。それで皆が安心したり、あるいは、マズイよという声を上げることができるのです。情報と判断の可視化がこれからの大事な課題ですよね」
村重
「そこは国際的にも、どうすれば何が分かるとかの方法論が学術的にまだ確立していないですよね。まだまだこれから研究していかないといけない分野です。何も恐れることなく全部データを出してくれればいいのに、と思いますね。
データを公開することによって、こんなにたくさんアラームが立っては何も分からないじゃないかという感覚も皆で共有すればいい。あるいは数学とかデータベースを扱えるようなプロの研究者が研究するのもいいです。大勢の目に晒されることによって、問題が共有され、研究が進むという国民のベネフィットが大きいです。
データベースが公開されていないから誰もアプローチできなかったり、公開してないことによって知らないうちに勝手に決まっていたり、独占されているため大勢の競争や入れ替わりの循環が生じないという問題がありますよね。大勢が使って、大勢のニーズに応えるために多くの視点でチェックするから、切磋琢磨し、多様性のバランスを取りながら進歩するのであって、ユーザーがたった1人、データを持っているのもたった1人、使う人もたった1人では進歩しませんよ」
小野
「システムの開発や進化という点からはまさにその通りだと思いますね。買う人がいないから進歩しないというのは、その通りだと思います。
さらに別の問題もあります。判断が見えるようになり、多くの人々が薬の安全性や副作用対策に関して口をはさめるようになったとして、ではそれらの様々な意見、声をどう整理し、皆の決定とするのか。その決め方に対する認識不足も日本は甚だしいと思います。多くの人々、複数のプレイヤーの多様な評価や意思表示を社会の決定につなげるための科学、決め方のシステムが重要だという認識が恐ろしいほどないんですよ。外形的な例では、承認審査の判断の責任者が誰なのかが規則で定められていないとかがその一つの表れです。今の決定のあり方を国民が誰一人良いとも、悪いとも言ったことがありませんよね」
村重
「それって要するに民主主義かどうかということですよね」