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貧血で認知症のリスクが上昇!?~食べ物と添加物と健康㊷

大西睦子 おおにし・むつこ●医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて基礎研究に従事。
 多くの先進国で高齢化が進み、認知症が大きな社会問題になる中、『アルツハイマー病雑誌』2015年11月号に、貧血が軽度認知障害(MCI)に関与すると、独デュースブルグ・エッセン大学の研究者らが報告しました。

 MCIは、認知機能が正常な状態と認知症との中間の段階です。MCIの人の何割かは、その後で認知症へと進みますが、それ以上進行しないこと、時間をかけて正常な状態に回復することもあります。認知症の早期発見と予防には重要な段階と考えられています。

 今回は、この報告を参考に、貧血と認知障害について考えてみましょう。

 この研究では、世界保健機関(WHO)の定義に準じて、男性では13.0g/dl未満、女性では12.0g/dl未満を貧血と定めました。

 また、以下4つの基準を満たした人について、MCIと診断しました。
〇過去2年間で認知機能が低下している
〇年齢や教育レベルに比べて、認知機能が低下している
〇日常生活はほぼ正常で、少しだけ複雑な認知機能が低下している
〇認知症の基準を満たすには不十分

 認知能力の評価は、以下5項目に基づいて行われました。
〇言語性短期記憶:8つの単語を覚え、短時間経過後にどれだけ思い出せるか
〇言語性長期記憶:8つの単語を覚え、長時間経過後にどれだけ思い出せるか
〇実行機能およびその速さ:複雑な行動を、段取りを経て円滑かつ迅速に遂行できるか
〇言語流暢性:ある一つの言葉から多方向へと考えを連想・派生させることができるか(「動物」と聞いて何種類の動物名が言えるか)
〇視空間認知能力:空間を見て何がどのような状態になっているかを知ったり、平面の地図や絵を見て立体的にイメージしたりする能力

 ちなみにMCIは、健忘型と非健忘型に分類されます。健忘型は記憶の障害で、多くはアルツハイマー型認知症に進行します。非健忘型では、失語や失行の症状が存在し、主に血管病変を反映しますが、前頭側頭型認知症またはレビー小体型認知症に進行することもあります。

 研究は、2000年から2003年にかけて、独ルール地方で無作為に選ばれた45~75歳の住民(男女比1:1)4814人を対象に認知機能や貧血状態などの調査を行い、5年後に再調査しました。

 認知機能や貧血の情報を入手可能だった人たちで比較した結果、163人の貧血の参加者は、3870人の貧血でない参加者に比べて、認知機能の5項目すべて平均的に低いスコアとなりました。貧血の人の方が平均年齢は高かったため、年齢で調整を加えても、言語性短期記憶と言語流暢性は低いスコアとなりました。

 次に5年後、MCIと診断された579人(健忘型299人、非健忘型280人)と健常な1438人とを比較したところ、貧血の人はMCIをほぼ2倍発症していることが分かりました。

 貧血が様々な経路を介して各種の認知機能を低下させ得る、と示すエビデンスはこれまでにもありました。例えば、血液の酸素運搬能力の低下が脳の血流不足につながったり、貧血が酸化ストレスや炎症反応をひき起こしてアルツハイマー型認知症で見られるような神経変性をもたらします。さらに、大脳の白質病変(神経線維が多く集まった部分が血流低下などにより変性した状態)のリスクを増大させ、その結果、脳の血管に影響を与える可能性もあります。

 今回の研究結果から、貧血は、伝統的な心血管リスク因子と独立して、MCIのリスクを高めることを示唆されました。貧血は、原因に応じて効果的に治療することができるため、つまりはMCIを予防できるかもしれないことになり、ひいては認知症の発症リスクも下げられるということで、この発見は重要な意義を持っています。

 皆さんも貧血に注意しましょう。
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