国立がんセンター麻酔科改革が地域に波及する-宮下徹也氏、後藤隆久氏インタビュー
宮下徹也氏(国立がんセンター中央病院第二領域外来部長、手術・緩和医療部グループ責任者、写真左)
後藤隆久氏(横浜市立大大学院医学研究科生体制御・麻酔科学教授、右)
「国立がんセンターは他がやっていることを追随するのではなく、新しいことに挑戦していくべき組織」(宮下氏)「現場から実績を示していくことができれば、日本の医療が変わる」(後藤氏)-。昨年秋、麻酔科医不足に悩まされた国立がんセンター中央病院は手術部門の再建に舵を切った。その立役者となった宮下徹也部長と、彼の出身大学の教授としてサポートを続ける後藤隆久・横浜市大教授の話を聞いた。(熊田梨恵)
<背景>
日本で最大級のがん治療施設である国立がんセンター中央病院では、2007年末から08年3月にかけて、常勤の麻酔科医10人のうち半数の5人が相次いで退職する事態が起こっていた。同病院はこの時期、一日当たり約20件だった手術を、3月から15件に減らして対応。手術待ちの患者が増え、他の病院で手術を受けることを余儀なくされる患者もいた。土屋院長は日本麻酔科学会に協力を依頼。昨年10月に当時の横浜市立大附属病院の宮下徹也准教授が麻酔部門の部長として就任した。元々6列体制だった手術体制を、宮下部長がレジデント4人を指導することで7列体制にするなどスタッフの動きを変え、個々の医師の状態に合わせた働き方に変えるなど、手術部門のシステムは一新された。立て直しの進む中、宮下部長が体調不良になったことや同院に常勤の麻酔科医が少なかったことなどから、後藤教授率いる横浜市大麻酔科医局は次々に医員を非常勤として応援に出し、後藤教授自らも休日返上でがんセンターで麻酔を行なった。昨年冬頃には横浜市大だけでなく、東大や帝京大などからも応援の麻酔科医が派遣され、出身の違う約15人の麻酔科医ががんセンター中央病院で麻酔を行なうという前代未聞の事態となっていた。
この結果、08年度の手術件数は4007件と、土屋院長が当初懸念した3000件台にまでは下がらずにすんでいる。昨年12月の手術件数は1日平均18.6 件で、約5000件の年間実績を上げていた07年とほぼ同じペースにまで戻ってきていた。この6月1週目も1日平均17.4件とほぼ変わらず推移している。後藤教授は現在も週に一回程度、同院で麻酔を手伝っている。
■がんセンター組織改革にはプロ級の腕持つリーダーが必要
-今回は本当にすごい事態になりましたね。宮下先生が来られたことで、がんセンターの手術部が立て直されました。最近はいかがですか。
宮下:手術件数自体は回復してきました。なんとなく看護師さんたちも表情が明るくなってきたように感じています。ただ、春の人事などで看護師さんの入れ替わりがあったので、まだ手術部でも体制を強化すべきところは残っています。
--後藤先生、宮下先生の後方支援として有給までお使いになってがんセンターに駆けつけられたと聞いています。この一連の流れを振り返っていかがですか。
後藤:国立がんセンター中央病院の麻酔科がうまくいっていないことは、5年前から私たち麻酔科医の間ではよく知られていました。ただ、一体何がいけないのかは、外部からいろいろ推測するのみでした。今回、土屋院長から日本麻酔科学会に話があった時、麻酔科の再建は急務だが、ただ単に麻酔科医を送り込むのでは同じことの繰り返しになる、組織の変革にプロ級の腕を持つリーダーを送り込まなければいけないと考えました。ちょうどその時、横浜市大の私の前任者で、今の東京大学麻酔科教授の山田芳嗣先生も同じように考えておられました。また、国立がんセンター中央病院の社会的重要性についても深く認識し、今回のことに強い危機感をお持ちでした。宮下医師は山田教授の時代から、横浜市大でフリーエージェント制【編注】や女性医師の働き方の支援など、新しいシステムをつくってきた皆からも慕われる医師です。国立がんセンターを変えられるのは彼しかいない、彼こそ適任だと山田教授と合意し、彼を出すことを決断しました。一人では苦労するのは目に見えていましたが、彼は『自分でやる』と。ただ、2か月ほどした頃、今まで見たこともないほど疲れ切っていました。それで彼には『全部やるから、休め』と話してしばらく休んでもらいました。横浜市大だけでなく、東大、帝京大、東京女子医大、多くの先生達が応援に来て下さいましたね。皆有給を使っていましたよ(笑)。今思うと、大変だったけど楽しかった。
【編注】横浜市大のフリーエージェント制... 横浜市大附属病院や横浜市立市民病院などの関係病院だけでなく、他の医療機関での研修や、海外留学、無医村診療、船医活動、海外青年協力隊参加など、医員個人の意思で、自己研鑽につながると思う活動を2年間自由に行ってよいとする制度。
--宮下先生が疲れておられたのは、体力的にですか、精神的にですか。
後藤:彼はもともとタフなので、体力的な疲れなら寝れば回復したと思います。それほど大変だったのだと思いますよ。