搬送・受入ルール策定開始まで一月弱、「国民が分かっていないとどうにもならない」
「何よりも都道府県職員と、一般市民が分かっていなければどうにもならない」-。都道府県が来月にも策定準備を始める救急患者の搬送・受け入れルール。ルールが機能するかどうかのカギは、都道府県の一般市民に対する周知や普及啓発であることが浮き彫りになってきたが、ルールの指針を検討している国の会議で具体的な議論のしようがないために抜け落ちているポイントでもある。果たして現場に降りた時にルールは機能できるのだろうか。(熊田梨恵)
■「救急搬送・受け入れルール」とは何か、なぜ策定する必要があるのかなど、詳細はこちら。
消防庁と厚生労働省がルールのガイドラインづくりのために開いている「傷病者の搬送及び受け入れの実施基準等に関する検討会」(座長=山本保博・東京臨海病院院長)は大詰めを迎え、16日には報告書案が事務局から提示される。作業部会でガイドライン案をとりまとめた有賀徹作業部会長(昭和大学病院副院長)は、搬送・受け入れルールについて、「都道府県の職員が分かっていないといけない。それに結局、市民のレベルで分かっていないとどうにもならない。みんなが分からないといけないもの」と話す。
この搬送・受け入れルールは4月の消防法改正を受けて都道府県に策定が義務付けられたもので、「"医療崩壊"しているなりに、どうにか対応していかなければならない」(溝口達弘消防庁救急企画室救急専門官)として考え出されたもの。
しかし、まだ法改正後間もないことや情報不足もあり、都道府県の担当者や現場の反応は様々だ。ある近畿圏の衛生部局の担当者は、地域内に都市部と山間部があるため「県の中でルールをつくるのが難しく、まだイメージが湧かない」と話す。また、「消防機関が医療者側に議論を投げてしまっている。現場では救急隊と医療者はやり取りしているが、同じテーブルで議論することは今までなかったし、何のかんの言って医者の方が救急隊より強い」と言う自治体職員もいる。「メディカルコントロール協議会はほとんど何もやっていないし、現場には今度の法改正の情報もほとんど降りてきていない。自分も実は知らなかったし、何がどうなるのか分からない。今の搬送体制が崩れると困る」と話す関東圏の救急隊員もいる。
■病院リスト公開に対する不安
検討会や作業部会は、10月中に都道府県に向けてガイドラインを通知するために議論を急いできた。緊急性や専門性、特殊性などで区別して医療機関をリストアップしていく考え方、ルールにPDCA機能を働かせるために救急隊が疑った疾患と、医師の診断についてのマッチングなど分析を行うことなど、ルールに実効性を持たせるための具体的な方策を検討してきた。
こうした具体的な内容に関する議論がある一方で、いかに救急医療の現状やこのルールについて一般市民に理解してもらうかという、情報発信や普及啓発の重要性を指摘する意見も多く出た。ただ、それらは単純に「広報の重要性」を訴えるものではなく、このルールによって"医療崩壊"に拍車がかかることを危ぶむもので、情報発信や周知の方法などを間違うと、本来のルールの趣旨に反して現状よりも負担が大きくなる医療機関が出てしまうことに対する懸念だった。
特に医療側から訴えられた不安は、リストアップされた医療機関名の公表に関してだった。ルールは公開されるため、搬送受け入れ先となる医療機関名は誰もが知ることになる。リストに記載される医療機関は重症患者の受け入れを想定しているにもかかわらず、一般市民側は「誰でも受け入れてくれる」と考えて軽傷患者が外来窓口に殺到するというミスマッチが起こるのではと懸念する意見が上がった。「救急カレンダーに(搬送先医療機関として)載ってオープンにされるなら、協力すること自体がしんどいという意見がある」(金森佳津委員・大阪府健康医療部保健医療室医療対策課参事の代理参加の川平氏)。「リストを作った健全な地域が先行すると、周りの不健全な地域の消防(からの搬送)が流れてくる」(横田順一朗委員・市立堺病院副院長)といったモラルハザードを心配する意見もあった。
■情報の普及啓発は都道府県次第
こうなると、都道府県が関係者や住民に対していかに分かりやすくルールについて普及啓発するかが重要になるが、そこは都道府県に任せられているため、国の検討会では議論のしようがなくすっぽり抜け落ちてしまう。ルールについて自治体から住民につながる道筋はこの検討会で見ることはできない。大阪府の金森委員が「実際は、いくらガイドラインやこの部会でどういう"子ども"の産み方をしろと言っても、都道府県ではやはりMC(メディカルコントロール=消防庁主管)のアクティビティーの差もあり、医療側の協議会(救急医療対策協議会など=厚労省主管)との関係もばらばらで、また地域メディカルコントロールレベルになるとさまざまだと思う」と作業部会で指摘したように、都道府県での救急医療の提供体制や行政の関わりはかなり違う。国がガイドラインでルール策定や情報の公表に対する考え方を"振り付け"ることができても、実際に振る舞えるかどうかはその自治体や地域の関係者次第だ。
有賀座長も「いわゆる地方自治というか、自治のオートノミーがある程度育っている場所については放ったらかしていても私はいいと思う。先行してやっている都道府県の内容を他の都道府県が真似していくというような形になっていくのではないか」との見通しを示す。
一般国民代表として参加している阿真京子委員(「知ろう!小児医療 守ろう!子ども達」の会代表)も、2日の検討会では一度も発言しなかった。「国民に示すというところがまだ見えないので、もう一回(ガイドライン案を)読んでみてからでないと何も言えないと思います。私たちが最大限押さえておくべきということがもう少しあるといいと思います。なんでこれをやるのか、どういう風になっていくのかというところがここでは見えてこないので」と話し、報告書を取りまとめる次回の会合では意見を述べたいとした。
また、「私たちに何ができるかというのは、報告書に盛り込む云々ではなくて、私の宿題かなとも感じます。より多くの人に分かってもらうためにどう伝えたらいいかと考えています」という言葉からも、住民側への普及啓発の体制整備は必須だ。ここに都道府県はどう取り組み、都道府県に取り組ませる仕組みをどう整えていくのだろうか。
国民への情報提供の在り方にかかっているともいえるこの搬送・受け入れルール。都道府県の策定準備開始まで、一か月を切っている。