搬送・受け入れルール、症候別で医療機関リスト化を―消防庁・厚労省
総務省消防庁と厚生労働省は8月25日、「傷病者の搬送及び受け入れの実施基準等に関する検討会作業部会」(部会長=有賀徹・昭和大病院副院長)を開き、都道府県が策定する救急患者の搬送・受け入れルールについて、医療機関をリストアップする際の分類案を示した。脳卒中はt-PA(血栓溶解薬のアルテプラーゼ)を実施できるか、虚血性心疾患は心臓カテーテルを行えるかなど、患者の重症度や緊急度に応じて治療が可能な施設をリスト化することなどが提案された。(熊田梨恵)
今年4月に改正した消防法で都道府県に救急搬送と受け入れのルール作りが義務付けられたことを受け、国は都道府県がルール策定時に参考にするためのガイドライン作りを進めている。改正法が施行する10月末までに報告書としてまとめ、都道府県に通知する予定だ。
前回の会合や関連の検討会では「新しいルールを作ることで、すでに出来上がっている地域の搬送体制を混乱させないか」といった意見が上がっており、どこまで踏み込んだガイドラインとなるかに注目が集まっている。
事務局は「重篤」や「脳卒中疑い」など患者の症候と重症度・緊急度に応じて、医療機関をリストアップすることを提案。ただ、細かいルールを作ると現在の搬送体制を混乱させる地域もあるとして、どこまでくわしいルールにするかは地域の実情に合わせて運用すべきとしている。症状が複数ある場合には、重症度・緊急度が「高」の症状を優先するとして、「高」でない場合はかかりつけ医療機関に搬送するとした。受け入れ可否を記載した「救急カレンダー」を策定することも提案した。
<事務局が示した医療機関分類案>
▽重篤...バイタルサイン等により確認し、救命救急センター等
(重篤を示すバイタルサイン参考値...意 識 :JCS100 以上、呼 吸 :10 回/分未満または30 回/分以上・呼吸音の左右差・異常呼吸、脈 拍 :120 回/分以上または50 回/分未満、血 圧 :収縮期血圧90mmHg 未満または収縮期血圧200mmHg 以上、SpO2 :90%未満、その他 :ショック症状、※上記のいずれかが認められる場合)
▽脳卒中疑い...脳梗塞の場合はt-PA対応施設か、脳出血の場合は手術が行える施設
▽胸痛...虚血性心疾患疑いの場合、急性冠症候群なら心臓カテーテル対応施設。大動脈解離疑いなら治療に対応している施設
▽外傷、熱傷、中毒...それぞれに対応する施設
▽意識障害...意識障害をきたす傷病について、脳卒中や急性冠症候群の疑い、重症度・緊急度が高い胸痛の場合はそれぞれに対応した施設
(重症度判断基準...進行性の意識障害、頭痛・嘔吐、痙攣重積(30分以上)、低酸素環境、高度脱水、高温/低温環境、項部硬直)
▽呼吸困難...呼吸困難をきたす傷病について、急性冠症候群疑い、重症度・緊急度が高い胸痛の場合はそれぞれに対応した施設
(重症度判断基準...チアノーゼ、著明な浮腫、起坐呼吸、広範囲湿性ラ音・乾性ラ音、著明な喘鳴、喘息発作(声を出せないもの)、努力呼吸、腎不全の人工透析治療中、胸痛、喀血(概ね100ml以上)、心筋梗塞・弁膜症・心筋症の治療中)
▽消化管出血...重症度や緊急度が高い場合は、緊急内視鏡検査やSB管(Sengstaken‐Blakemore tube)による圧迫止血などが可能な施設
(重症度・緊急度判断基準...肝硬変、腹壁緊張、腹膜刺激症状、高度脱水、高度貧血症、頻回の嘔吐)
▽腹痛...重症度や緊急度が高い場合は、緊急手術が可能な施設
(重症度・緊急度判断基準...腹壁緊張または圧痛、腹膜刺激症状、高度脱水、高度貧血、グル音消失、有響性金属製グル音、妊娠の可能性あるいは人工妊娠中絶後、吐血・下血、腹部の異常膨張、頻回の嘔吐)
*周産期や小児の場合は、厚生労働省が進める制度や施策との兼ね合いで考える
■「短時間で動く現場に合ったルールを」
横田順一朗委員(市立堺病院副院長)は、事務局案は複雑として「医師のオンライン指示が必要になる」と主張。「詳しいほどよく分かるが、現場の救急隊員は非常に短時間で動いる。『これは脳卒中で』、『これは心筋梗塞の疑いで』、『これはどれで』と全部ひっくるめて考えて行動している中で一体どうするかと、もう少し集約して考えないと国からガイドラインを示しても使えないということになる」と述べ、救急隊が初期評価や主訴をチェックするだけで搬送先が救命救急センターか2次救急クラスかの判断がつくようなトリアージシートの活用を提案した。
坂本哲也委員(帝京大救命救急センター教授)は、「科別ではなく、救急隊が現場で運用するなら症候別がよい」と述べ、現在の救急医療情報システムのような診療科別での対応を改善すべきとした。
安田和弘委員(巣鴨病院長)は、「トリアージは、救急センターか、専門病院に運ぶのか、軽傷か、その間のグレーゾーンにあるのか、ということに分ける。ガイドラインでは、明らかに救命救急センターや専門病院に運べるような患者さんを見逃さないようにすること」と述べた。
■「救急隊にはシンプルなルールが分かりやすい」
齋藤英一委員(東京消防庁参事)は、「リストの作成については、今は(救急医療情報システムが)科目ごとになっているので、症候別の方がシンプルで救急隊としては分かりやすいではないかという印象を持っている」と述べた。その上で、横田委員の提案に賛同し、複雑な判断は搬送後に医療機関に任せるとして、現場の救急隊が迅速に搬送できる体制を求めた。
佐々木靖委員(札幌市消防局救急課長)は、「疾患別のトリアージは細かくて難しいという印象を持った」と述べた。札幌市では搬送時に患者や家族の希望を優先させているとして、「基準を作った中で、その状況がどこまで変わるかが気になるところ」と述べた。
■「ガイドラインに柔軟性を」
寺澤秀一委員(福井大医学部附属病院総合診療部教授)は、「福井県では救急隊の頭の中にリストがある。このガイドラインはある意味有り難いが、ある意味迷惑でもある」と述べた。ガイドラインは救急隊への教育や患者への説明などに使えるメリットがある一方で、県外搬送や複数の疾患がある高齢者の搬送など、現在の運用で回っている搬送体制を混乱させることを危惧した。
坂本委員は、都道府県の中でも地域によって搬送や医療提供体制が違うことを指摘し、「(都道府県の)中心部はいいけど、周辺部は厳しいということが出るので考えて頂きたい」と述べた。
このほか、有賀部会長は「なぜ運ばれなかったのというデータを取れる仕組みが必要」と、搬送がうまくいかなかったケースを検証できる体制の構築を求めた。