文字の大きさ

ニュース〜医療の今がわかる

「大地震でジャーナリスト、医療者はどう動いたか―被災地からのレポート」 ②

■ 前野一雄氏(読売新聞編集委員)①
 

 これ(スライド)は夕刊です。当時はまだ1200人を超すというような段階であります。しかし、これまでの阪神を含めた医療、災害とは全く違ってきたというのが今回言えることだと思います。

 神戸市消防局の特別(高度)救助隊というのが、宮城の南三陸町に入ったんですけれども、それが阪神大震災のときに非常に大活躍したんですけれども......。

 その隊員においてはですね、がれきに埋もれた人の声を電磁波で探知できる「地中音響探知機」とか、呼吸を関知して生存を確認できるという「二酸化炭素探査装置」というのを持って入ったわけです。ところが実際には、今回こういうものの出番はほとんどなかったという状態であります。

 (スライド)右側に9割が溺死......。実際、行った時にはこういう形が大半だったというわけです。これ(スライド)は、読売新聞が3月23日にまとめたものであります。重症者が1340......、これが一番DMATの力が発揮するんですけれども......。

 それに対して軽症者が8340......、もう圧倒的に軽症者が多かったというわけでございます。これ(スライド)が(震災)1週間後に解説面で書いた私の原稿であります。

 DMATというのが最近すっかり定着していますけれども、それは阪神大震災の教訓に基づいて整理されたわけでございます。それで、今回は非常に早くDMATに入った。320チームが入ったと言われてるんですが、じゃ、それがどういう形で入って、どういう活躍をされたかと言うと......。

 個々に活躍された方はもちろんおいでなんですけれども、「全体としては肩すかしにあった」というのがDMATの皆様の言われることであります。

 というのは、なぜならば1つは先ほど言いましたように水死が大半だった。また軽症者だった。DMATの「救命」という部分ではなかなか活躍できなかった。もう1つは、どこでどういうニーズがあるかというのが全く分からない状態。闇雲に行っていたということが大きいと思います。

 そこで今回、DMATは救命のために入ったけれども......。1週間目の新聞記事において、私は従来の救命というものの範疇を超えた形での医療の質を変えていく、救命医療の質を変えていくべきだと。

 それは、いわゆる助かった避難者のケアに当たる形......、それに、その内容に変えていくものが必要だという形を書きました。いわゆる医療の機動性というものを説いたわけでございます。

 (スライドは)実際に被災地でどういう形なのかという内容でございまして......。本来ならば被災地で医療に当たるべき人たち自体、医療者自体が被災者であるわけで......。ご自身もそうでしょうし、クリニックも病院も流されたという状態が大半だった。当然、外部からの救援が必要だというわけです。


【目次】
 P2 → 前野一雄氏(読売新聞編集委員)①
 P3 → 同②
 P4 → 同③
 P5 → 穴澤鉄男氏(元河北新報記者)①
 P6 → 同②
 P7 → 小出重幸氏(読売新聞編集委員)①
 P8 → 同②
 P9 → 同③

  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
loading ...
月別インデックス