医療崩壊と司法の論理
佐藤 法律家には何種類かの人種がいる。法律だけという人ももちろんいるけれど、それは少数派で、広い視野を持ち、広く他の学問に精通した人もいる。大多数の法律家は、問題点が分かっちゃいるけど言わないということなんだろうと思う。法律の謙抑性ということで、一歩退いたところで仕事をしている人が多い。その観点からすると、医療に刑事が介入してくるのは異常事態。世界的にも法律の構造からも違和感がある。
なぜ刑事介入させるのかということを考えてみると、日本独自の交渉スタイルの影響もあるのかなと思う。つまり解決を先延ばしして警察の介入を待って、より多くの示談金を取るというのが一般的。民事刑事の連携というか悪しきスタイルが土壌としてあるために、医療も巻き込まれたかもしれないと思う。これは当然、好ましいことではない。
手島 条文があって、判例の展開があって、それぞれ条文の中には広い世界があって、どういう絵を描くかは自由度が高い。私も刑事の介入は問題だと思っているが、医療者側も法律家を固定イメージで見ていないだろうか。社会で困ったことがあった時に何か使えるものがないかと探すのが、基本的な法律家の発想だ。
和田 法律家から見ても刑事が発動されるのに違和感があるという話ですが。
井上 良いか悪いかは別にして、主観的に認識しているのは、刑事が介入してきたのは最近のことで、それまで医療側の対応というのは、カルテ開示しない、説明しない、訴えられてからおいおい考えるというものだった。それが事故隠しをしていると認識され、頼れる何かとしては警察を動かすしかなかった、このような不幸な流れだと思う。情報開示していなかったことが一番重要なファクター、元の病理現象であっただろう。しかし、今は変わっている。請求されればカルテも開示するし、刑事権力を発動させる動機づけがないじゃないかと思う。一般論で言えば、今の時点はバランスが悪い。
事故調ができることでリセットすれば良いが、重過失に限るとかいう議論をしていて何が重過失なのかも定義されていない状況で非常に危惧を覚える。事故隠しに対して真相究明という言葉を使ってきた経緯があるが、現在クレームの現場で真相究明と言えば「金よこせ」ということ。厚労省試案の真相究明もその方向を指向している。
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