医療崩壊と司法の論理
表題のようなシンポジウムが早稲田大学で開かれたので行ってきた。シンポジストは法律家3人、医師3人。「なるほど」と思うことが多々あった。
まずは主催者である和田仁孝早稲田大学教授が「医療と司法、2つの専門システムの間に齟齬が生じており、医療者から、いわゆる"トンデモ判決"に対して批判が高まっている。しかし司法の側から見れば法という一つの枠組みの中で、それなりの苦悩があるんだと思う。今日は、2つの専門システムの間にいかに架橋するかという問題意識で議論を進めていきたい」と挨拶。
以下、法律家として手島豊・神戸大教授と佐藤彰一・法政大学教授、医療者として中田善規・帝京大学教授と小松秀樹・虎の門病院泌尿器科部長が30分ずつ講演し、そこに井上清成弁護士と長谷川剛・自治医大教授が加わってパネルディスカッションという式次第。
ちなみに、上記3人の弁護士は全員民事が専門らしい。で、まず手島教授が医療訴訟の法的解説をする。
要約すると
1)原告が提訴する法的根拠は民法415条の債務不履行 か 民法709条の不法行為である。
2)責任の根拠となる義務違反は、医療技術上の過誤か自己決定権の侵害を中心とした説明義務違反。
3)では、何に反したら医療技術上の過誤とするか。最高裁判例によれば『業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務』(昭和36年2月16日)、『注意義務の基準は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準』(平成7年6月9日)
4)では、医療水準とは何か。『当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮』し『知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、(それが)その医療機関にとっての医療水準』である。つまり、一律のものではなく、個別性があると解釈されている。ただし、そんなものを「水準」と言うのは語義矛盾だとの批判もある。
5)何をもって説明義務違反とするか。『乳がんの治療法の選択における説明につき、医療機関で一定数実施され積極的な評価のあるものは、患者がその治療法の適応可能性があり患者が強い関心があることを医師が知っている場合には、医療水準になくても、医師の知る範囲で一定の情報を説明すべき義務がある』(平成13年11月27日)、『医療水準として確立した療法が複数存在する場合に、患者がどれを選択するかについて、熟慮のうえ判断できるように、各療法の違いや経過観察も含めた選択肢の利害得失について分かりやすく説明すべきである』(平成18年10月27日)
6)そして民事訴訟の場合。違反があり、損害があって、違反と損害との間に因果関係が認められる時、賠償も認められる。では因果関係があるとは、どういうことか。『経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明すること』『通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる』。同時に、『相当程度の立証の可能性』を立証すると小さな賠償責任を認められるというのもある。
以後の内容については割愛するが、要は医療者が不満に思う判決の数々も判例法的に検討すると不当とは言い切れない、ということ。手島教授自身は、そのことについて価値判断を下していないので、手島教授に対してケシカランと怒るのは筋違いである。引き続いて佐藤教授が「医療事故事実認定について」を説明。
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