村重直子の眼5 小野俊介・東大大学院薬学系研究科准教授(上)
村重
「それは保険支払いについても言えるんではないでしょうか。例えば米国には色々な保険者があって、保険者の数だけ判断が異なります。日本でも、支払基金で、この薬は適応外だけれど保険支払いを認めましょうというリストがあったり、厚生省の55年通知で医師・患者のニーズに応じて支払いするというルールがあったりします。現実に日本でも、保険や病院によって、適応外の抗がん剤が使えたり使えなかったりします。その実態も、公開すればよいでしょう。しかし、厚労省は医療費抑制のために、そうした現場のばらつきを国民に知らせないまま、ギリギリ取り締まろうとか、全国一律を押しつけようという発想があるようで、患者さんの多様なニーズに応えられない状況になっています」
小野
「PMDAの他にもう1つ、医薬品の使い方の評価をする審査機関を保険側・下流側に作ったらどうでしょうか。お役所的存在が増えるだけという危険があるのは承知していますが、今のように単一機関が判断を独占するという建前が幅を利かせることの非効率と危うさを考えるならば、PMDAは科学的判断、厚労省は行政的判断、新しく作る機関はお金の支払い、医療現場の制約、現場のニーズを踏まえた使用の可否の判断を担当し、それらが揃って初めて三つ巴でバランスが取れるような気がします。日本は基本的に単一の保険支払制度下にあるので、そういう第三の機関を例えば支払基金にくっつけて、50人でも100人でも専門家を置いて審査させるのはどうでしょう」
村重
「たしかに今、適応外使用で困っている患者さんたちの、一番困っているポイントは経済負担というケースが多いです。お金の支払いに関してチェックする人が、もう1つと言わず、複数あるといいですね。『機関』を作れば『お任せ』できるわけではなく、患者さんの置かれた多様な状況、多様な価値観や判断から保険支払いをチェックする必要があると思います。レセプトデータベースなどを公開させれば、誰でもデータを入手できて、多様な視点で分析できます。データを共有して分析しながら、患者さんの状況からこういうニーズがあるんだと、経済負担で困っているのなら、支払基金が経済負担を何とかしましょうという対応ができるといいですね。逆に患者のニーズがないものを無理に通そうというのはおかしな話ですから、既に同等のものがあるとかで、患者さんが困っていないなら、そういうのは優先しないといった判断があるでしょうね」
小野
「ネーミングは良くないですが、医療ニーズ薬事審議会なんていうものを作って、そこの委員は学者だけでなく、患者代表、医療現場代表などで、承認内容と新たな審査機関の判断をチェックして、『この承認内容では現場では困るから、別の形で適用する通知を出そう』などということを話し合うわけです」
村重
「先に通知でルールを決めなければ使えない硬直的な仕組みではなく、患者さんの実態を保険支払いに反映させることも必要です。たとえば適応外であっても、各病院で使ったものを、その治療が必要だった背景、それぞれの患者さんの置かれた状況やニーズや判断などをオープンにしたうえで、保険者からの支払いを認めるという仕組みも必要だと思います。つまり病院の数だけ、患者の数だけ、あるいは保険者の数だけ、支払いについて多様な判断になってくるわけです。そういう情報もオープンにして、共有できるといいですね」
小野
「PMDAは薬学系の人が多いですよね。仮に新しい審査機関ができたら、臨床医が多数そこで活躍するのでしょうね」
村重
「臨床的な現場のニーズを知って判断する必要がありますよね。それは単一の『機関』を作らなくても、大勢の現場の医療者たちが論文を書いたりして発信すればいいと思います。患者さんの経済負担の実態も反映できるように。現に患者さんたちからも多様な声があがっています」