文字の大きさ

ニュース〜医療の今がわかる

村重直子の眼6・井上清成弁護士


井上
「弁護士でも医師でも誰でもそうだと思うんですけど、歳を取ってから、自分たちが若い頃にはなかったことに直面すると、その状況の想像がつかないんです。だから、それに対して何をしたらいいかというのもピンボケになるわけです。例えば医療の世界で言うと、昔は刑事処分なんかはもちろんなかったし、損害賠償訴訟も行政処分もほとんどなかった。若い時にそういう時代を過ごしてきて、でも今は訴訟が頻発して若い人が困っていると言われても、そういう上の方にいる人たちは現場から離れちゃっているというか、端的に言うと若い人の苦労が分からないわけです。勘が働かないと言ってもいいかもしれない。パラダイムシフトが必要な時に、そういう上の方の人だけで決めると、必ずピンボケになります。無過失補償の設計は昔ながらの官僚の発想では難しいのが当たり前です。それは官僚に限らず、医師でも法律家でも、昔ながらの人には難しい」

村重
「だからこそ議論百出させるしかありませんよね」

井上
「少なくとも一回選択肢を提示しとかないといけないだろうと思います。ところが法律家が皆黙っているもんですから。これは私が言っているわけではありませんよ。スウェーデンの無過失補償について調べに行った時に、そこのCEOの人から言われたんです。3年前だか4年前だかに行ってレクチャーを受けたわけですが、端っから黙って聴いているつもりはないもんですから質問責めにしたわけです。それも野党的質問というか、法律家的に言うと反対尋問ですね。向こうは当然いい話しかしませんけれど、何もかもうまい話があるわけない、無過失補償を可能にした何かがあるはずだと思って一生懸命掘り返そうと質問していたら、CEOがついにキレましてね。それで言ったことが、日本の弁護士が無過失補償を採り入れたって、いいことないでしょうと。どうも元々スウェーデンというのはクレームの多いお国柄なんだそうですね。裁判が多かった。ところが無過失補償を入れたら訴訟が退治されたというかゼロに近くなったそうです。そんな制度を入れたら、弁護士は仕事がなくなるだろうと言ってキレたから、私は日本の弁護士代表として来たわけではないと言い返したんですけれど、後で考えたら反論になってなかったですね。無過失補償は、訴訟を根絶やしにするかはともかく大幅に減らして実効性をなくしてしまう程の劇薬になります。損害賠償訴訟をすることが正しいと思っているような人には、そんな制度自体想像がつかないものかもしれません。私の身の周りでも、皆が、えっ?と言いますね」

村重
「私もフランスの無過失補償のディレクターと話をしたら、フランスでは訴訟か無過失補償か選べる制度で、90~95%は無過失補償に行く、裁判は劇的に減ったと言ってましたね。フランスで制度ができたのは、患者さんたちが被害を救済される権利を求めて声を上げたところからだそうですが、弁護士にはとても評判が悪いそうです」

  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
loading ...
月別インデックス