後期研修班会議7
大西
「実際には見てないが、私がアメリカ家庭医学会のホームページを見た限りでは、目標として内視鏡ができることというのが書いてある。日本に導入するのは現実ではなく理想像であってもよいのでないか」
土屋
「サンパウロに行った時には、内視鏡医は、車に上部、下部、気管支全部積んで1週間に7ヵ所から8ヵ所のクリニックを渡り歩くような感じだった。場所によって違うのだろう。ところで、さっき東大グループの発表に賛成できないと言ったのは、どういうことか」
大石
「講義が無駄であるかのような表現だった。東大の講義がどんなものか受けたことがないから分からないけれど、慶應では1日にだいたい4コマあって4人の先生たちが自分の経験談を交えて話をしてくれる。そうすると教科書で学ぶより好きで、だから私は授業に出ている。素晴らしい先生だけじゃなくて普通の先生の経験や思いを聴けることも大切だと思う」
森田
「講義を否定しているわけじゃなくて、他にも重要なことはあるんでないかということ。先ほども発表したように大学は刺激を受けるための場だと思っている。人によって先生の体験談で受ける刺激の度合は違うと思う。講義を受けてみて面白くないなと思った時は別に自主的に活動してもよいのでないか。たとえば何とか学が面白くなかったら慶應の授業に潜り込んでテスト受けても単位になるとか。体験に触れることが大事というのであれば、それは講義に限らないんでないか」
慶應4年の男子学生
「参加する前から面白いか面白くないかは分からない。結果的にしか分からない」
吉野(慶應4年)
「医学を学ぶという意味では、大学生であっても小学生と同じで何を学ぶ必要があるかすら分からないのだから、その最低限必要なことは提供される必要がある(略)」
森田
「最低限の知識というのはテキストベースのものでないか。そういうものを体験談やストーリーを持った個々人が、単に教えるのは勿体ない。講義は体験談やストーリーを話すことの方が重要で、講義に出てみて面白くないと分かった場合には、別のところへ行ってもよいのでないか。具体例を出すとまずいかもしれないが、放射線見学ツアーなんかは何とか学の授業の数倍は勉強になった」
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長谷川野人というのは、血液内科の長谷川彌人先生(昭和10年卒)のことだと思います。草創期の慶應を支えた教授のお一人です。
私は慶應を卒業して20年になりますが、私が学生の頃も、土屋先生が言われたようなシステムがありました。内科外来の隅に特別診察室というのがあって、教授からの説明で同意された患者さんを、学生たちが診察して、それを後で教授の前で発表して、質疑応答をしていました。
当時のポリクリは大部分が見学レベルでしたので、とても新鮮で、かつ勉強になったことを覚えています。今でも、診察した患者さんのことを断片的に思い出すことがあります。
>maruna先生
ご指摘ありがとうございます。修正いたしました。
発表内容をyoutubeにアップしました。
http://jp.youtube.com/watch?v=gztxbwgyMsE
ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
>森田様
お疲れさまでした。
引き続き「怖いもの知らず」な活動を見せてください。
班会議にできるだけ傍聴させていただいていますが、今回は若い人の話だったので、医療従事者でない小生もコメントを。
感慨深かったのは、学生気質というものは我が身をみそなわして今昔変わりないものと思ったことと、やはり大学紛争は東大医学部を何一つ変えることは無かったのだとここでもまた思い知らされたことでした。
海外調査で気がかりな点は、日本の皆保険制度とは全く異なる一般税からの医療費全額公費負担という欧州の国々で、無料提供される医療の技術水準がいかようなものであるかを把握した上での発表であったかどうかです。
どんなに技量の優れた医者であっても、許される医療経済の範囲内でしかその腕の振るい様はないことを、どの程度イメージできているのか、と言う点で年齢相応の社会性がついているのか、不安感がよぎりました。
極論すると医者(勤務医の側)に、社会システムとしての医療の経済・コストへの無知・無関心が今日の医療崩壊の原因の一つと言えなくもありません。こんなにひどくなる前に声を上げることができたはずです。それが許されないような心理的縛りを植え付けるパターナリズム教育を受けてきた所為なのだとの自覚が今日勤務医に無ければ、3,4,5年生という学生さんにそれを理解せよというのは無理なことですが。
あの発表を聞いていて、将来こんな医者になりたいんだだからこんな勉強をしたいそれを可能とする教育仮キュラムとしてくれという漠たるイメージの、そのまたかけらでも感じることができればなと思います。
まあ無理かもしれません。そのようなイメージを描ける教育を受けていないという漠たる不安感はお持ちなのでしょうか。
あの学生さん達には、以下の本を是非よんでもらいたいなあと思います。
The Dancing Healers: A Doctor's Journey of Healing with Native Americans by Carl A. Hammerschlag
>日吉和彦様
コメントありがとうございます。
学生さんたちに伝えます。
2009年2月13日発行のMedical Research Information Center (MRIC) メルマガに「背筋が凍った東大医学生の「いい医師とは」のキーワード~明日の臨床研修制度を考えるシンポジウムで感じた2つの違和感」という投稿記事が掲載されました。私は寡聞にして存じ上げないのですが、筆者はIMK高月(株)代表取締役 公認医業経営コンサルタント高月清司 (コウヅキキヨシ)とう方です。
一読して、言葉は激しいのですが、先日私がこのコメント欄で述べた「どんな医者になりたいのかのイメージがはっきりしない」という言葉足らずな言い方を補ってくれているなと思いました。
というのは、私の言い方では、学生さん達はちゃんとイメージを示したではないか、とおっしゃるでしょうからです。
いろいろと壁にぶち当たった成長し、立派な医者になってくださることを祈ってやみません。