医療事故調検討会17
鮎澤
「モデル事業については既に一度伺っているが、改めて実務をされていらっしゃる皆さんのお話というのは本当にいろいろな観点で具体的に参考にさせていただくことができた。標準化に向けて、いろいろなことが動いているのだということも分かった。いま医療の現場にはこうした死因・原因究明の方法論がまだ確立していない。モデル事業を通してそういうものが確立していく、それが現場に広がっていくことが、医療の現場が自らの手で事故調査をきちんとやっていけることにつながっていくだろう。また、死因を究明する、原因を究明する方法論を医学教育の中に落とし込んでいくことも大事な課題になっていくのではないかと思いながらお話を伺った。
松本参考人と奥村参考人に3点ほど伺いたい。まず1点目。松本参考人が、評価の基準先端医療をやっている病院と第一線の市中の病院との差について評価の基準について述べた。これはおそらく、どう議論しても、どこかに線引きができる話ではない。その差のようなことこそ、事故調査委員会が、医療従事者が中心となって、システムエラーの専門家も入れながら、議論をしていかなければいけない核のようなところなのだと思う。その辺りについてお二人方のご意見を聞かせていただければ。
それからも1点。この検討会の中でも、調査委員会から出てくる報告書の取り扱い、そのことについて大変熱心に議論が交わされている。いったん患者さんの側に渡され、また医療側に渡されれば、その報告書はいろいろな使われ方をされることになる。報告書の使われ方について、何か参考にさせていただけるご意見があれば。私自身は、その報告書が医療従事者が中心となって真摯に議論したものであるからこそ、それが出ていっても、いろいろな使われ方に耐え得るものであること、そのことが大事なポイントではないかと思っている。
最後に、この事故調査委員会で議論されたということは、ご遺族のためになるとともに、医療従事者のためにもならなければいけない。先ほど、感謝の声を聞くことができたという大変心強いお話を伺った。また先ほど、医療従事者の安心感につながっていくものであるというお話も伺った。今回私はこの議論に参加していて、事故調査委員会をいろいろな角度から考えていくときに、この調査委員会ができたら、これまで起きたさまざまな不幸な出来事を防ぐことができるのかということを、1つひとつの案件に照らして考えている。大変つらい目に遭われたご遺族の数を少しでも減らすことができるのか。それから、同じようにつらい思いをしている医療従事者を少しでも減らすことができるのか。そういう観点から、この事故調査委員会、モデル事業の意義のようなことについて、お二人の先生方のご意見を聞かせていただければ」
前田座長
「時間の関係で手短かにお答えいただきたい」
松本
「まず最初の標準化の問題は、地域医療の現場での標準的なスタイル、それをこういったところで評価しなければならない。ただ、モデル事業そのものは、基本的に自身で事故調査委員会を作れるような医療機関を対象にするということになっていたから、そこのところが今後の検討課題だろうと思う。
報告書については、おっしゃるとおり真摯なもので、医療的なところで評価するもので、やはり医療従事者として医療行為を評価する。あとは今の法的なシステムの中で使われるということになっても構わないのではないかと思っている。モデル事業の報告書のまとめ方も、そういうふうに考えている。
最後、私は法医学をしているので、いわゆる異状死の届出を受けて司法解剖になったケースをやっている。そういったケースにいくと、どうしても刑事的な問題、当該医療者を刑事的な、例えば業務上過失致死とかということになっていくわけで、個人的な何かを、日本の法システムの中で罰を与えるということにはなっているとしても、同じことが別の病院あるいは別の地域で起こり得てもおかしくないわけで、それが何につながるというわけではない。そういう意味では、モデル事業、それから医療安全委員会に発展していって、再発防止について当該医療機関あるいは全国のいろいろな医療従事者の方にそれを周知
して、なおかつそれを実践していただければと思っている」
奥村
「評価基準の標準化は現実的には非常に難しいと思う。個々の例で事故の内容等も随分違う。それから、事故の起こりやすいものというのは、先進的な外科治療であるとか、まだ経験したことがないというものに起こってくる可能性が高い。それと標準化は、あまりなじまないと感じる。重要なことは、それを正しく公平に評価してくれる、先進医療を非常によく理解している現場の第一人者のような人を、いかにして評価委員に見つけてきて協力していただくかということに尽きるのではないかと思う。
報告書の使われ方に関しては、松本先生が言われたように、医学的に非常に正しい結果を出すということがいちばんの使命で、しかし、医師の中には当然それを裁判とかそういうものに使われたくないという意識のある人も多いだろうし、実際それが目的になるような形での使われ方というのは、私自身外科医なので、個人的には、そういうもののためにというふうな使われ方はしていただきたくないと思う。こういう制度があるために医療従事者が安心できるかといえば、確かにそういう面ももちろんあると。いま現在、例えば合併症を起こしたことに関しての論文報告が極めて少なくなってきているという現実がある。これは合併症、こういう場合に、こうしたら、こうなったというのを、裁判の事例に使われてしまうということがあると聞いているので。失敗があって、失敗の報告を基にして医学が進んでいくわけで、失敗の報告の場が必ず必要になる。こういうケースで、こういう問題が起こった、その原因解明はこうであったということがパブリックにしっかりと、誰のということはなしに共通の財産として共有できるような場が必要になるということで、こういう事業は非常に意味があったと考える」
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