真木魔愛の病院ウラの四方山話

休校

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年09月06日 22:19

台風9号上陸のため、
トントンの小学校は
明日休校になりました。

本日のお昼には決定していて、
プリントや
緊急連絡網のメールも届きました。

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一病~リウマチ~息災徒然ノート21

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年09月05日 18:21

出産後のリウマチ4

1998年8月
職場復帰を控え、

子供は無認可保育園に入りました。

年度初めではないので、
1歳児の公立保育所入所は
まず不可能です。

でも、
子供が入園した無認可保育園は、
お昼寝の布団干しも
洗濯も
全部保育園でやってくれました。

(つまり週末自宅に持ち帰る必要がなく、
大きな荷物が持てない私には
誠に有り難いサービスだったのです!!

ということに、

三年後に公立保育所に変わってから、
気づいたのでした)

さらに、
夜8時まで延長保育が可能でした。
(公立保育所は夜7時まで)

育児休暇中から、
通院日は保育サポーターなど
市や県の子育て支援サービスを受けて、
保育園だけでなく、
複数の保育サポートサービスを綿密に調べ、
復帰への体制を整えました。


しかし、
実際仕事に復帰すると、

毎日が綱渡りでした。

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一病~リウマチ~息災徒然ノート20

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年09月02日 22:44

出産後のリウマチ3

出産後、
リウマチの治療法、対処法を
暗中模索していたとき、

患者会であるリウマチ友の会
の会合に出席しました。

かねてから、
その存在は知っていましたが、
同病患者と外来待合室以外での面識は
ありませんでした。


非常に驚き、
衝撃を受けました。

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一病~リウマチ~息災徒然ノート19

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年09月01日 15:00

出産後のリウマチ2

1998年4月、
大学病院リウマチ・アレルギー内科の
主治医が変わりました。

鈴木先生は、
大学を辞して開業されることになりました。

随分後になって聞いた
大学病院人事に関するニュースは、

リウマチ・アレルギー科の教授が定年退官され、
教授選が行われた結果、

筑波大学出身以外で
初の快挙を遂げたのが
弱冠43歳の
住田孝之教授だった、

この教授選挙は
リウマチ・アレルギー内科の
人事異動に大きな影響を及ぼした、


ということでした。


私の主治医は、
自動的に
新任教授として着任された

住田先生に代わりました。

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一病~リウマチ~息災徒然ノート18

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年08月30日 23:19

出産後のリウマチ1

泣く、
授乳、
排泄、
睡眠、
(時々)吐く、
沐浴、

この繰り返しが延々と続く育児は、

それまでの日常からは
全く想像できなかった毎日でした。


人は皆こういう過程を経て、
成長するものなのかと、
目を丸くすることばかりでした。


転居直後、
生活環境も一新となれば、
退屈する暇などないはずなのに、

赤ん坊の顔だけを眺めている
自分に厭きてきて、

生後100日目(クリスマス前)は、

ハワイ・カウアイ島行きの飛行機の中
でした。

(蓄積したマイルが
期限切れになるから、
というのがその口実でした)

楽園で、
赤ん坊が初めて
連続7時間も泣かずに寝たのは、

やっぱり温暖な気候のせいだ、
連れてきてよかった、

と嘯いていたのですが、


よく考えたら、

親が疲弊しきって
泣き声に気がつかずに
爆睡していただけだった

と、後になって気がつきました。

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マシューブルー

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年08月29日 23:04

夏休み最終、
北海道に行って来ました。

一番は、こちら


2007_0828北海道0073.JPG

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一病~リウマチ~息災徒然ノート17

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年08月25日 21:34

二度目の入院3

出産は、
通院中のリウマチ科がある
大学病院が一番安心だと、
鈴木先生のご提言もあり、

私もそれが希望でした。

母は
初孫の里帰り出産が叶わないことが
少し不満げでしたが、
出産前後は
家族同様の愛犬を連れて
こちらに、来てくれることになりました。

ところが、

官舎では動物が飼えない

という大問題が生じます。

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一病~リウマチ~息災徒然ノート16

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年08月24日 22:32

二度目の入院2

1997年2月下旬、
私は悪阻に苦しみ始めました。

身体がどうしようにも倦怠感で、重い、
そして
眠いのです。

とにかく眠くて眠くて仕方ありません。

その上、食べ物を受け付けなくなり、
食べれるのは、
プチトマトとイチゴとグレープフルーツだけでした。

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一病~リウマチ~息災徒然ノート15

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年08月23日 22:08

二度目の入院1

1997年、年明けのことです。

多国籍企業ならではの光景かもしれませんが、
外国人社員の大部分は
クリスマスシーズンを自国で過ごすため、
ホームリーブHome Leave(休暇のために帰国すること)します。

ですから、
12月半ばを過ぎて出勤する人は少なく、
早めに仕事納めとなり、

一年中で最も長い休暇が取りやすい時期になります。

一年前は休職中でした。

病院のベッドで、
父の喪中ハガキを手配し、

京都で迎える父のいない初めての年明けは、
賀状もほとんど届かず、

赤と白が消え失せた、

全てが薄暗い霞がかかったような風景でした。

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一病~リウマチ~息災徒然ノート14

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2007年08月22日 22:34

復帰5

「あなたの子宮は傾いているから自然妊娠は絶対に無理」

という医師と、

夫の「養子縁組」、

この二つの言葉を何度も反芻し、
私は出口のない迷宮にいました。

女として烙印を押されたようで、
自分を追い詰めていました。

夫の子供を産めない疫病神なのだろうかと悶々としました。

次の瞬間には、
私自身よりも子育てなのか?
と夫を責める気持ちも生じます。

もう駄目なのかなと思い始めていました。

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