ビジョン会議7
舛添大臣の冒頭挨拶から
「今までに薬の話がなかったので、虎の門病院の林先生に来ていただいた。そのお話の後で、3人にそれぞれプレゼンしてもらって、今日とあと1回くらいでまとめたい。長期的なビジョンにつながるものにしたい。総理もこの研究会への期待は非常に大きいので、この会議の結論がそのまま政府の提言になるので、しっかりと取りまとめたい」
林昌洋・虎の門病院薬剤部長
「虎の門病院は病床数876床で医師数303名、薬剤師数30名、急性期病院であり教育・研究も行っている。薬剤部は院外処方箋発行後に、病棟薬剤科と病棟サテライト薬局、手術室サテライト薬局の組織を新たに設けた。
チーム医療における病棟薬剤師の役割であるが、当然、薬の専門職として何をするかということになる。薬には物質とそれに付随する情報の二つの側面があり、物としての薬を志向した業務としては薬の調製・供給管理・品質管理などがある。こちらは伝統的な薬剤師の仕事だ。もう一つの情報を志向した業務が病棟薬剤師の主な仕事ということになる。ベッドサイドにおいて、患者志向で情報を臨床応用する。患者さんと面談し、お一人ひとりの問題点を把握し、より有効で安全な治療計画立案のために、処方提案や処方設計支援を行うことになる。医師業務に適切に参加し支援することで、医師の負担軽減にもつながる。
また持参薬の管理というのも大切な業務だ。よその病院の薬や売薬をゴチャ混ぜで持ってくる人も珍しくない。またサプリメントや栄養食品のようなものも意外と軽視できない。中には当院で採用していない薬も当然含まれるので、それも含めて服薬書を入院当日に作成している。ほかに在宅医療において聴罪薬局との連携も行っている。
このほか、がんの化学療法チームや抗菌薬処方支援チームもある。化学療法チームでは、投与前日に医師が処方オーダーすると、病棟薬剤師が看護師と指示受けし、投与スケジュールを薬学的に評価すると共に患者さんと面談してスケジュール、薬効、副作用と対策を説明している。薬剤師の施行前面談によって、不安度が減少したという患者さんが63%、スケジュールがよく分かったという患者さんが60%、副作用とその対策がよく分かったという患者さんが63%いた。処方支援することによって副作用の未然回避とさらに病棟薬剤師による副作用の早期発見・重篤化回避が行われている。抗菌薬処方支援チームでは、重要な抗菌薬の治療プロトコールが作成されており、それに基づいて処方医と病棟薬剤師が投与設計協議を行っている。
まとめると、チーム医療による質の確保と効率化が行われており、その中で病棟薬剤師が薬の専門家として役割分担している。今後の課題としては、副作用モニタリングには血中濃度検査や生化学検査が必要になることも多く、現在は薬剤師が医師に検査実施を提案しているが、これについて医師の同意のもと薬剤師が検査オーダーできるようになると、医師負担の軽減と医療の質の担保につながる」
このプレゼンを受けて質疑応答。
野中博・野中医院院長
「薬医連携は、まさにこうあるべき。何がきっかけでできるようになったのか。それから調剤薬局とはどういう情報を交換しているのか」
林
「プランそのものは早くからあった。UCLAに留学経験のある院長が、向こうでは病棟に薬剤師がいると教えてくれたので細々とベッドサイドに出てはいた。大きく変わったのが院外処方箋になった時で、調剤数が大幅に減ったので、その分、病棟に出て行った。成功体験を積み重ねると信頼してもらえるようになって連携もうまくいく。
保険薬局と治療ストラテジーが共有できると良いのだが、処方箋に病名が書いていないので、薬局から提案するのは難しい。少しでも補おうと、お薬手帳に検査値を伝えるようなことはしている。紹介状のようなものが書けるようになればもっといいのになとは思う」
矢崎義雄・国立病院機構理事長
「チーム医療から踏み込んでスキルミックスを考えたい。助産師や看護師の権限強化は他国で機能しているのを知っているが、薬剤師の権限強化はあまり見ない。もう一歩進んで取り組み可能な部分はどこ?」
林
「米国の州の中には薬剤師が処方権を持つところもある。先生方と一緒に処方設計提案するのが現状ではいいところでないか。体内血中濃度を1人ひとりに合わせた設計をしていく。入院患者の最適設計をさらに工夫できれば再入院率低下につながるとの論文もある」
辻本好子・COML理事長
「患者にとって薬剤師というのが一番顔の見えない存在。350点の服薬指導が認められているが、あれもあくまでも『医師の指導の下』ということになっていて、患者からすると本当に聴きたいときに顔が見えない。先ほどから『医師が受け入れてくれたら』という言葉が多いのだが、意識として医師の下に位置するのか」
林
「私自身が専門医の先生方を尊敬しているので、自分が発言して聞き入れてもらえる機会があるのは幸せだと思っているので、そういう表現になる。若い人はもう少しフラットかもしれない」
矢崎
「スキルミックスには医師不足の代替をしてくれればという話もあるのだが、重篤なことでないなら、初回はドクターが診るけれど、うまく行っているなら次からは診なくても、医師が出る幕もないというような話かと思ったらイメージが違った」
林
「急性期病院なので病棟では7日おきに処方と調剤を行っている。それは薬剤師が下書きして医師に入力してもらっている。薬剤師が入力して良いならいつでもできる病院は多いと思う」
西川京子副大臣
「米国では注射まで薬剤師がやっているという。どの辺が適当か。もちろん地域の事情によって違うだろうが」
林
「輸液に関してNSTの中では栄養士や薬剤師が処方設計している」
この後、アドバイザリーボード3人のプレゼンがあったのだが、私が訳分からなくなってしまったのは、これまでの意見陳述を受けて日本の医療のビジョンを描くのだとばっかり思っていたら、それぞれの立場からの持論というか理念を陳述した。
さっきまで審判だった人が、急にプレイヤーに変わったような違和感を感じた。
これでは、実は審判は厚生労働官僚でしたという、いつもの検討会ではないか。この3人にプレゼンさせる意味がよく分からないので、印象に残った部分だけサラッと流す。
辻本
「18年間、電話相談を続けてきた。患者意識の変化に伴い、電話相談件数が右肩上がりに増えてきた。最近少し減ってきているが、その分一本一本が長くなっている。面白いのが、この相談件数と医療事故に関する新聞報道件数が、ほぼ相関していること。メディアの功罪というか、漠然とした不信感が何によって植え付けられたのか想像がつく。その意味で件数の少し減りつつある今こそ信頼回復のチャンスだと思う。
相談件数を項目ごとに見ていくと、常にトップ3はドクターへの苦情。すべて医師の問題という意識がまだまだぬぐい切れていない。世代ごとに見ると、一番困った人たちの多いのが、いわゆる団塊の50代~60代。当面は、この世代が医療を受ける中心になると思うので心する必要がある。ただし救いは、この世代には行動変容願望が強いそうなので、納得づくであれば変わる可能性がある」
野中
「治す医療と支える医療とがあって、治すに固執すると医療者のためのものになってしまう。それから生活習慣病に関して言うと、患者さんに行動変容させることにこそ医療の意味がある。住み慣れた地域での生活のために患者さんにいかに社会参加してもらうかを医療は考えなければならない。そのためには、医師が生活機能全体を把握し改善につなげなければならないのだが、現状ではそのような場がない。また患者さんの生活をどうつくるか、多職種が連携すべきだが、まだまだできていない。
医療に足りないのは、医師よりもシステム。医師は、自分1人でも他職種と連携すれば色々できるということを学ぶべきなのに、専門医として狭い領域で自己完結しがち。
医療は最終的には街づくりそのもの。市町村がもっと関与すべきである」
矢崎
「医療ニーズが頭打ちになるとの見通しで医学部定員10%削減が行われたが、なかなかギャップが埋まっていない。しかしながら将来は医師過剰になるであろう。ただし入院を受ける病院部門においては医師不足。その赤字をどうするか。
先進各国の外来負担と医師生産性の関係を見ると、外来患者が多ければ多いほど退院数が少ないという逆相関にあって、日本は圧倒的に外来患者が多くて退院数が少ない。いわば医師が外来患者を診すぎて疲弊している。しかし、これは病院の入院部門が黒字を生まないために外来で稼がざるを得ない、しかも外来の点数自体も低いので大勢見ざるを得ないということ。
医の原点、医療の倫理、医師のあり方については以下の通りだと思う。
病人はいつも、そのかけがえのないいのちとからだを医師にあずけ、やり直しのきかない医療を医師に托している。そして医学が大きく進歩したといっても、あくまで不完全な知識の体系であり、医療にはしばしば予期しない医療事故がおこる。そして医師はこの不完全な医学のもとで、世間にたいし、ひろく病人への献身を誓ったものであることを忘れないでほしい。医療をうける患者はいつも泣く覚悟を要する。泣かねばならぬ危険を覚悟で医療を求めざるを得ない。これは医療の悲しい宿命である。しかしこのことは患者に悲しみを忍ばしめるだけのものではない。医師は医療のこわさを銘記し、患者が泣き叫ぶ以外に救いがない運命のなかで医療に托していることを是非知っていてほしい。医師は患者がからだを傷つけられ、あるいは家族を失って泣くことをも忍ばせるだけの誠実さ、真剣さで医療をおこなってほしい。(唄孝一 都立大学名誉教授)
ベッド数を日米比較してみると、米国は病床の有効活用と合理化を進めてきた。減らした分はナーシングホームやケアハウスが受け皿になった。ところが日本には、この受け皿が極めて少ない。このため病院から出すと難民化してしまう。今後の在宅医療は患者が施設で動かないようになっていくのだろう。また医療提供体制の抜本的改革によって、総合診療医や総合科医が病院の防波堤を引き受けるようになってほしい。1人診療所は時代のニーズに合わなくなっていくだろう。メディカルモールではなく、一つの診療所に別個のスペシャリティを持った医師がいて相互補完する。
病院医師業務も、これまでは若手医師は下働きが主だったが、それでは十分なスキルアップのないまま開業してしまう。看護師や技師との組み合わせで若手医師にもスキルアップの機会を与えるべきである。
喫緊の対策として、医師法や保助看法などの見直しも必要だし、医療安全を確保するための教育システムも必要。また女性医師の活用、退職する病院専門医も総合診療のための所定の研修を科すこと、医療リスク・訴訟対応、診療報酬にホスピタルフィーの創設が必要であろう。特に最後のフィーに関しては。れが医療の質向上につながっているのでなければ国民の納得は得られないので、質向上の保証と評価のモニタリングシステム確立が必要だ。
中長期的な対策としては、看護教育などの抜本的改革とそれに伴う法見直しがある。医学部定員増とメディカルスクール構想の捉え方は、医師不足対策としてではなく臨床医育成のモデルケースとして慎重に検討すべきだろう」
さて、いよいよ討論である。
西川
「期せずして3人同じところに行くように感じた。関係職種の連携と地域連携を考えた時に、総合的評価は大切で、病院と診療所の役割分担も大切だと思うが、診療報酬は中途半端な点数か。臨床研修制度が医師偏在の原因、徒弟制の方が地域医療を守れるという意見もあるがいかがか。医療費は社会保障全体の中で堂々と国民への負担のお願いを明記してはいかがか」
野中
「地域連携については入口ばっかり考えているけれど、医師会がからんでも、患者さんの争奪戦をやっているようではうまくいかない。むしろ出口論が肝心なんで、受け皿を医師会がやるべき。総合評価は病院が働きかけないと動かない。今度は2000点つけたから動くと思う。研修医は大学病院が2年間でどう育てるかのビジョンを持つべき。ビジョンもなく胡坐をかいていたのが問題。医療費の問題は、病を抱えるということがどういうことなのか、抱えていない人にも負担を求めるのが皆保険なので、そこの整理が必要だろう」
矢崎
「臨床研修が諸悪の根源のように言われるが、ハッキリしたカリキュラムもなく、専門分野しか診られない医師を量産したことの方がはるかに問題で、総合的に診られる医師を育てるという基本線は譲れない。むしろマッチングが、プログラムの競争を促すはずだったのに偏在の原因となったと思う。むつ総合病院のように電車もない、バスで青森から4時間かかるようなところに研修医が15人集まっているわけだから、決して制度そのものが偏在の原因ではない。ただ突然入ったので、準備不足の病院はあったのだと思う。制度のせいにしないで、理念明確にして努力しないといけないと思う」
舛添
「現在、医師の需給に2万人のギャップがある。ことしから395人増やして10年後にクロスする。頭数で数学的に考えた時、どれだけの量的支援を打ち出すべきなのか」
矢崎
「ギャップは以前からずっと埋まっていなかった。しかし国民から医師不足という声は起きなかった。要は国民の医療に対する目が厳しくなってクローズアップされてきた問題。現状はたしかに絶対的に足りないけれど、養成数を倍にしてもギャップが埋まるのに10年かかる。さらに一人前に育つまで25年くらいかかることを考えると、その時に医療ニーズがどうなっているか。高齢化や高度先進化によるニーズの増加がさらに一段増えることがなければ、クロスする所は1年早くなるだけで、その後どんどん実勢と乖離が大きくなる。養成数を増やすのは、精神安定剤を増やす程度のことに過ぎず、ギャップの絶対的解消はできないのではないか。むしろニーズの赤字は高齢者の入院受け入れであり、そのギャップの部分は関連職種のスキルミックスで対応したり、診療所の先生に頑張ってもらって入院患者を引き受けてもらったり救急から入院の流れを整理したり、今ある資源で何とか解決することを考えるべきでないか。そのために職種ごとの仕事を整理する方が大切でないかと思う」
舛添
「現存する医療資源の再配分と同時に、医師養成数を増やすというのは精神安定剤以上の効果はないか」
矢崎
「精神安定剤というのは語弊があって申し訳ない。まず業務改善とリスク管理はお願いしたい。その上で、たしかに現在の勤務医をガダルカナル島に立て篭もる兵士だとすると、増援が来るからと言われていれば頑張れても、後続が来ないと分かると士気が衰えるということは確かにあるだろう。今頑張ればと思わせる効果はある。ただし現実のギャップを埋めるのには効果がない。だから元気づけの意味が大きいということだ」
野中
「現場で頑張っている人には切実。今は頑張れば頑張るほど燃え尽きている。この何年か、専門性にかこつけて総合的に診ない開業医もいる。その中で現場が追い詰められている。月並みではあるが、解決策として連携をもう一度提案したい。それが歩みは遅くとも王道であると思う。単に多くするだけでは解決できない。昔は1人で診ていたようなことを今は5人で診たりしている。根底には総合的に診る必要がある」
辻本
「付け加えるとするなら、患者側の意識も変わっているということ。地域の中で支えるということがキーワードになるだろう。そこをぜひお示しいただきたい」
舛添
「林さん、何かありませんか」
林
「同じ病院で働いていると、医師の勤務が厳しいのは時間や労働量の問題だけでなく、患者からの責任に全て応えようとしているからのようにも見える。より多くの専門職が各々の説明責任を果たすことが必要だろうと思う。紹介してくれる施設だけでなく、受け入れてくれる施設とも職種間の連携を図れたらと思う。病院をうまく使うような流れが必要なんだろう」
舛添
「取りまとめする前に宿題というか問題提起をしたい。国民に対して医師不足ですとアナウンスするためには、だったら閣議決定を外してくれという話になって、そうなれば年間の医師養成数は8000人に戻る。結局、数字の話に帰着する。何らかの数値目標が設定できるものなのか、数字で示せるのか、お考えいただきたい。現存資源活用のメニューもつくる必要はあるだろうが、それが即数値目標が不毛ということになるのか。それに代わるものとして、スキルミックスで医師何5000人分、連携で5000人分というようにしないと政治の言葉にならない。どう政治の言葉にするかは私が考えるけれど、予算をつけて達成目標を掲げてという時には、ある程度数字に意味がある。今の2万人のギャップをどう埋めて、そのためにいくらかかるのか具体的にならないと、世の中を動かす形のものにならない。ちょっとそういう問題意識を持っている。ある程度そうしたものでないと政治的提言にならない。予算要求するためにも、積算の根拠がある程度ほしい。スキルミックスはある意味タダで、できればその方が望ましいには違いないだろうが、少し具体的な政策提言にする。ショートターム、5~7年のターム、10~15年のタームそれぞれについて数値目標を入れられるか。それを8月の概算要求につなげたい。でないと国民に夢と希望を与えたいなということで、この会議をしているのだから、政治の言葉にどう直すか考えている」
最後に総括。要は『ビジョン』という言葉をどう解釈するか、厚生労働省の事務方や会議参加者たちが思っていたのと、私が思っていたのとでだいぶ異なっていたと思う。そしてそのズレは、私が霞が関の「常識」に無知であるというのと、でもこの会議に関してはむしろ「常識」外のことこそ求められているはずなのに、大臣以外のプレイヤーは粛々と「常識」に従ったという二つから、私にとって甚だ気持ち悪く感じることになったと考えている。
そして、最後に舛添大臣の言った『ビジョン』こそ、まさに一般人の考えるビジョンだと思う。そして、その認識を共有していないということは、アドバイザリーボードの3人を指名したのは大臣ではないのだろう。人によっては、今後の会議が踏み絵を迫られるようなものになるのかもしれない。
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