文字の大きさ

ニュース〜医療の今がわかる

医療の良心を守る市民の会

本日開催されましたので聴講してきました。
講師は
愛育病院新生児科/医療安全管理室の加部一彦医師
18歳の息子さんを「悪性高熱症」(ロハス・メディカル7月号参照)
で亡くされた西田康江さんのお二人でした。
ご報告します。


まず加部医師の話から。

・なぜ医療事故に関わるようになったか
まず自己紹介的なことをすると、1984年に医学部を卒業して大学医局に入らず都内の某教育指定病院で研修を受けた。今でこそ珍しくないが、当時は大学に残らないのは変人だった。86年に東京女子医大の小児科学教室に入局した。このころ身近で医療事故が話題になることもなく、自分でもあまり考えたことがなかった。実際には所属する医局で事故があり裁判にもなっていたのだが、そのことが医局員に知らされることはなかった。87年1月に母子総合医療センター新生児部門へ異動し、以後新生児科医として主にNICUで働いてきた。しかし45歳を超えると集中治療室では使いものにならなくなってくるので、依然として籍はあるもののスーパーバイザー的な位置づけで、医療安全管理室の仕事の方に比重が移っている。

で、なぜ医療事故に関わるようになったかなのだが、88年の第一回日本生命倫理学会の会場で、お昼休みに医療事故情報センターのニュースを配っている加藤良夫先生と出会った。そのニュースに『お白洲で医者を白状させる10ヵ条』というのがあって非常にショックを受けた。よせばいいのに、『医師性悪説でどうするのだ』という抗議の手紙を書いて送った。そうしたら何と1週間後に加藤弁護士が手紙を持って訪ねてきた。その時は意見交換して別れたのだけれど、それ以後あちこちの弁護士から次々に連絡が入るようになった。そして89年に初めて意見書を書いた。これは大阪で黄疸の治療が遅れて核黄疸となって能性麻痺になった事例だった。まだ5年目の駆け出しだし、錚々たる方々が数々意見書や鑑定書を書かれているのに、今さら何を書くのかと固辞したのだが、それまでの意見書や鑑定書を整理するだけでもいいからと言われて、大阪だし書いても誰も気づくまいと少々タカをくくって書いてみた。したところ、意見書が裁判所に提出された翌日教授から「何をしたんだ」という電話があって、これが世に言う圧力というやつかと思った。実際には圧力というよりも、そんな身の程知らずのことをすると僻地に飛ばされるような大変なことになってしまうかもしれないと心配してくれたようだった。懲りたので、でも全国各地から鑑定や意見書作成の依頼が来て、それからしばらくは、もっぱら匿名で鑑定や意見書を書いていた。八尾病院の森先生を中心として医療事故調査会ができた時には私も参加した。99年には横浜市大の事件とか広尾病院の事件とかあって、社会の医療事故に対する関心も急速に高まったし、私の方も40歳を超えて、さすがにもう飛ばしようもないだろうということで、以後は公然と活動をするようになった。

2005年に愛育病院に医療安全管理室ができ、その仕事をするようになった。06年はヒドイ年だった。大野病院事件があったのが06年だが、8月には愛育病院でも事故が発生した。院内事故調査を行おうとしたのだが、小さな病院なので何かやろうとしてもすぐに組織の中の人間関係の問題になってしまう。思ったようなことができないジレンマを感じた。その意味でも事故調は速やかに設置すべきと思っている。設置に反対している医療者たちは刑事免責が担保されない限りダメだと言っているが、免責があると思っていること自体、いかに社会性がないかを表している。医療関係者は社会の中で少数派。社会の多数の理解が得られない限り、免責など幻想。それにこだわって事故調ができなければ、調査するのは警察になってしまう。警察が来ると『犯人は誰だ』になる。だからスタッフはノイローゼになりそうになる。いくらシステムの問題だと言っても、現実に死んでるじゃないか、と言われる。素人が心証で犯人を決める。これを防ぐには病院でない第三者の調査が不可欠だ。ところで名前をさらして発言するのには、いろいろとリスクがあって、随分中傷を受ける。2ちゃんねるに「加部一彦の真実」というスレッドが立ったこともあるけれど、その中には真実はちっともなかった。今は事故調を作る作らないではなくて、誰がつくるのか、どうつくるのか、その時にどの程度の予算を取るのかという話が必要な時なのに、いつまで免責なんかで足踏みしているのかと歯がゆく思っている。そして07年は医療崩壊一色になってしまった年だった。


(川口注釈:事故調の設置に反対している医療者は皆無に近いと思う。厚労省案と民主党案とが出ているので、既に『誰がつくるのか』『どうつくるのか』の段階まで進んだと思うのだが、加部医師の認識は違うようだ。また、厚労省案に反対する医療者すべてが『免責』を主張しているわけではないので、さらに互いに情報交換して接点を探る必要があると感じる)


・医療事故と関わり、「なに」が起こったか
私に圧力がかかったかどうか。当初は弁護士も非常に心配してくれたのだが、基本的に面と向かって恫喝されたことはない。私の専門の関係から、どうしても産科分野のことに意見書を書くことが多かったのだが、愛育病院というのは産科分野の大御所的な先生がセンター長をしていて、意見書が提出された翌日か翌々日には必ずセンター長から『ちょっと来なさい』と呼ばれて『書いたのか』『どんな案件か』『どう書いたのか』ということを1時間くらい訊かれていた。禅問答のようなもので、別にやめろとも何をしろとも言われないのだが、今にして思えば呼ばれるのがイヤなら少し控えろということだったのかなあとも思う。考えようによっては圧力だけれど、本人が鈍感で何も感じていないのだから圧力とは言えないだろう。それと辺境の地に飛ばされることもなく港区で働きつづけている。

よく指摘されたのは『後医は前医を批判せず』が日本の医療の不文律だというようなこと。同じようなことでは『後医は名医』『後出しじゃんけんでとやかく言うのはおかしい』『常に患者の肩を持つ、著しく偏った医師』というようなこと。


・医療事故から「なに」を学んだのか
偽善と受け取る人もいるかもしれないが、私はそんなつもりはない。自分が当事者になったかもしれないという意識で、事故から学ぶ作業をしてきたんだと思っている。意見書を書くようになって気づいたのだが、実は普段の医療現場では自分の臨床活動を見直すことは案外ない。それと医師の裁量権というのがあまりにも広く解釈されすぎているのでないか。医師100人のうち99人がおかしいと言っているようなことでも医師ならできてしまう。それは裁量権を広く認めすぎでないか。独善に陥りやすい背景があるのだから、そうならないためにはピアレビューが不可欠である。薬害HIVの問題でも、新生児に第9因子製剤を用いた根拠は、西日本のある大学の新生児科の教授がわずか10数例を元に『有効である』という報告をした。それだけでみんな使ってた。だから新生児の時に薬害感染した人は西日本の方が圧倒的に多い。失敗に学ぶことは次の失敗を防ぐのに有効なはずだ。


医療の質を保つために失敗に学ぶ必要があるということが言われる。では「医療の質」とは何か、「質を保つ」とは何か。質を議論するなら、医療にも格差があることを認めないといけない。私は全国の周産期医療センターにおける施設間格差の研究をしている。大変評判の悪い研究である。全国67の1500グラム未満の新生児の死亡率は大体10%程度で年によって1.5%くらい変動するけれど、大体10%程度だ。これは世界的に見て驚異的なことだと思う。日本は子供は少なくなっているけれど、少なくとも小さく生まれてしまった子供を助けることに関しては世界に誇れる。ただ、これが全国67のうちで良い方のグループだと4.5%程度なのに悪い方のグループだと20数%になる。何か差があるからこそ、ここまでバラつく。こういう結果が出ると皆さん色々言い訳する。たまたま、予後の悪い事例が多かったんだとか何だとか。しかし自分自信の胸に手を当てて考えてみて、一つの施設でそんなに5%も10%も死亡率が上下することはない。愛育病院でも大体5%近辺だ。だから格差はある。問題は、その格差をどうやって縮めるか。今のところ方法論が確立されていない。今のところ考えられるのは、形式化できない暗黙知の部分に差があるのであろうということ。今年は成績の良いグループと悪いグループのスタッフが互いに施設を訪問しあうことをしようかと考えている。

日本の医療は効率が悪いというのもよく言われる。では効率を上げれば質も上がるのか、質と効率は両立するのか。世間一般で効率と言われた場合、スピードのことを指していることが多い。たしかに平均在院日数は長かったけれど、それと質とは違うのでないか。在院日数が短くなって患者さんからするとうれしくないことだってあるだろう。

こうして考えてくると、問われているのは、医療の質とか水準以上に専門家として「なに」を「どのように」理解していただくかというコミュニケーションでないかと思う。ムンテラという言葉がある。あれは口で治療するというドイツ語から来ていて、口先でごまかすというニュアンスがある。それを未だに医療現場では悪気なく使っている。インフォームドコンセントと同じだと思っている人も多いようだが全然違う。ICの根本にあるのは患者の自立を助けるという発想であり、あれを「説明と同意」という風に訳してしまったのも問題だった。現状では「説得と強要」になっている。もしコミュニケーションのスキルに欠けるなら、トレーニングしないといけない。特に悪いニュースをどう伝えるかは難しい。ごまかすということではなく、現場のコミュニケーション手段を上げていくしかない。

患者と医療者とがお互いをモンスター扱いしても仕方ないではないか。先日もうちの院長が新聞でモンスターハズバンドという言葉を使っているのを見てぶっ飛んだ。医療安全管理室で収集したクレーム事例を勝手に持ち出して、勝手にと言うと語弊があるなら、無断で公表してしまった。たしかにびっくりするクレームは多い。午前の外来受付時間が終わった後に来たから、お昼休みなんで午後は1時半からですと言ったら、その瞬間にキレて、俺の子供が熱を出しているのにお前らは飯を食っているのかと言う。仕方ないなあということで話を伺いに行ったら、熱といっても7度3分か何かで後ろで走り回っている。それと、これは電話で突然「お前のところで水疱瘡をうつされたぞ、どうしてくれる」というのがかかってきて、こちらからすると何が何やらで「では受診を」と言ったらまたそれが向こうの怒りに火を注いだらしく、最後まで話が平行線のまま、最後の捨て台詞が「お前の病院はこういう病院だってインターネットで書き込んでやるからな」という。非常にさみしさを感じだ。それから産科は自費診療なので、うちの病院をセレブ病院だか何だかと勘違いしている人も多くて、面会時間が終わっても帰らない旦那さんに「面会時間は終わりです」と看護師が声をかけたら「高い金を払っているのに追い出すのか。大体俺の夕飯も出なかったぞ」と。こういう人たちは確かに存在する。

その人たちだって丁寧に応対していれば何ということもないのかもしれないし、正当な苦情もあるはずだが、残念ながら現在の病院には対応するだけの人手を割く余裕はない。だから何かあると、全部モンスター扱いすることになる。大きな病院では警察官OBを雇って備えているところも多い。しかしウチみたいな小さな病院にはできないことだ。何より、何かにつけてレッテル貼りをするのが良くないと思う。私はよく「患者側の医師」と言われるんだけれど、「患者側の」とか「病院側の」ということ自体おかしくないか。私は冒頭にも述べたように、患者さんのためにやっているという意識はない。たまたま患者側からのアプローチが多かっただけ。一方で、最近は病院に妙な媚を売るというか肩を持つ人たちが出現していて、これもよろしくないなあと思う。

モンスターというならドクターにもヒドイのが実際いる。ウチの病院にも1人いて、何度も本人に警告しているし、院長にもやめさせてくださいと言っているのだが、ちっとも直らない。私が院長なら辞めさせるところだが。何科のドクターか言うと誰か分かっちゃうのだが、言ってしまうと皮膚科なんだけれど、その世界では有名な人。何をするかというとパワハラ。となりで外来なんかしていると、ものすごく大きな声が聞こえてくる。「あんたの食べた訳分からないものが、乳を通じて全部子供に行っちゃってるんだよ」とか「俺の言うこときかないと銃殺」とかね。何度も警告しているのだけれど、やまない。とにかく、お互いをモンスター扱いすることを、いつまで続けるつもりなのかと思っている。

医療界では長いこと、「謝るな」と教わってきた。謝ると責任を認めたことになる、と。しかし本当に責任と謝罪は表裏一体なのか。まず謝って、その後で責任を考えることもできるのでないか。ウチの病院でも、子供を裏口から連れ帰るためにこの病院に来たんじゃないということを言われることがある。それに対しては、もう本当に申し訳ございません、しかない。なぜ死んだのか、予想外のことが起きた時に合併症、偶発症、併発症だとして、謝ったからといって問題が複雑化するだろうかと思う。何とか謝れないものだろうかと思っているときに、ハーバード大学の真実究明・謝罪プロジェクトというのがあるのを知ったので、これを翻訳して広げようとしている。


・これから取り組むこと
病院に安全の文化を根付かせることに尽きる。キーとなるのは教育だと思う。卒前は数時間の医療安全教育しかないし、卒後にいたっては体系だった教育はまったくない。到達目標だけ作るのが日本の悪いクセだが、安全を根付かせるために、その途上のコンテンツがない。そのためのコンテンツをつくりたい。必要なのはコミュニケーションスキルだと思う。そして、教育は医療者に対してだけでなく、市民に対しても重要。事故調が足踏みしている理由の一つに委員会に被害者が入ることがある。そこは一般市民を入れるという風にすればいい。被害者だって市民だ。専門家だけで機能するのでなく非専門家を入れること、専門家じゃない視点が入ることが重要。では何を市民に教育するかという話だが、厚労省の審議会などにも非専門家が入っているのだけれど、多数派の専門家に対して何も言えず、単に言い訳に使われて終わっている例が少なくない。そうではなく専門家に対して堂々と意見陳述できるよう知識武装と、それから物怖じしないで発言できるロールプレイイングも必要だと思っている。

医療事故によって傷ついた全ての人たちに寄り添い、話を聴き、何ができるか一緒に考えて行動したい。その際に、事故を起こした方を支える活動も視野に入れている。起こした方も大変なショックを受けるのだから。最近はADRやメディエーションというところに注目が集まるようになって、何だかスキルに目がいきがちだが、人間的に隣にいることの方が大事でないか。

個人的には青い、クサいと言われても帰ってくるのは、「正直・誠実」でありたいということ。自分の過ちを認めるのは本当にツライこと。結局、卒前卒後の人間教育にかかっているのかなと思っている。


続いて西田さんの話なのだが
人前で話をするのが初めてということもあってか
思いがあふれて、その分、事実関係がよく分からず、うまく再現できない。
勝手ながら概略かいつまむと
2002年6月に18歳高校3年生の息子さんを
55床ほどの病院で鎖骨手術のための全身麻酔による悪性高熱症で亡くされた。
その際の病院の対応に、大きくくくっても不満・不信の点が以下のように多々ある。
1)悪性高熱症の特効薬であるダントロレンを備えずに全身麻酔を行った
2)全身麻酔の同意書を未成年である息子さんの署名で済ませている
3)そもそも本当に手術が必要だったのか(本人は渋っていた)
4)麻酔医が全身管理をきちんと行っていたのか
5)行っていたにしては急変への対応も3次施設への搬送も遅すぎる
6)カルテや看護サマリーなどに事後に加筆・修正が行われている
7)謝罪がない
というようなことらしい。
しかも千葉地検が不起訴処分にした。
「そんなことをしても、エリート検事は許されるのか」とも言っていた。


正直、事情が全く分からないのでコメントできないのだが
ぜんぶ事実だとすればヒドイ話だと思う。

  • ロハスな商品を厳選してお届け! HAPPY GRIN
  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
サイト内検索
loading ...
月別インデックス