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ニュース〜医療の今がわかる

医療とメディアの論1

土曜日の東京都保険医協会シンポジウムで自分が何を話したか。


(1)医療事故調問題がもたらしたもの。

【正】上先生ご説明の通り、業界内の風通しがよくなり、意思決定の仕組みが変わろうとする萌芽が見られた。
【負】社会全体で見ればマイナーな存在である医療者内、医療者対患者家族に大きな軋轢を生んだ。社会保障費抑制に対抗するなど本来は共闘しなければならないのに。
この大混乱は誰に責任があるかと言えば、事故調の目的は何なのか、そのために必要なものは何なのかといった、すべき議論、司法当局を適切に巻き込むといった、すべき手続き、そういったものをすっ飛ばして組織だけ作ろうとした横着な厚労省にあり、また役所なんだからそういう動き方をするに決まっているのに、厚労省に頼ろうとした日本医師会と19学会の横着さの責任も大きいと言わざるを得ない。
ただし誰が悪いと言っても始まらないのであって、内部に生じてしまった亀裂を修復する作業が喫緊の課題である。特に医療者と患者家族の間の感情対立は深刻に見える。
両者の懸け橋こそロハス・メディカルのミッションなので、個人的に微力ながらお役に立とうとは思う。ただし、その役割は本来、皆さん自身が主人公となって果たさなければならないのであって、メディアに当事者の役割を期待してはいけない。医療者のブログなど見ていると、メディアにそういう期待をしている声が結構多い。それは八百屋で魚を求めるようなもの。現在のマスメディアは、たしかに褒められた存在ではないが、彼らには彼らなりの論理・事情があって、あのような振る舞いになっている。単に医療業界の論理を押しつけても、その思惑通りには動いてくれない。


(2)メディアへの幻想・誤解

(組織全体)
・マスメディアは、情報を動かして、あるいは場を提供して利益を得る、単なる営利企業である。公器と自ら規定しているのは、そのように装った方が、商売上都合がよいから。決して公器ではない。社会という大きなシステムの安定性恒常性向上に貢献するよりも、情報流通というサブシステム、その中に存在する自社というサブサブシステム、その中に存在する自媒体というサブサブサブシステムのことを優先する志向がある。良い悪いではなく、そういう存在である。べき論ではなく、である論からスタートしないと、実像を見誤る。
・また情報の質が、商売にほとんど関係ないことを経験上、知っている。読売新聞の務台元会長が「白紙でも売ってみせる」と言ったのは、新聞業界なら皆知っている話だ。それらしく形の整ったものを、できるだけ低コストで出したい。取材にかけるコストは必要最低限にしたい。訴えられるような話は、もっての他。
・事故調ができれば、医療事故に関する取材コストが下がる。だから基本的に推進する方向であろう。しかし、その中身なんか知ったことではない、というのが基本線。
・と同時に、一般論として、紛争や対立は、分かりやすくて実に低コストな飯のタネである。医療というサブシステムのことなど、知ったことではない。紛争対立を未然に防ぐべくメディアが動くなんてあり得ない。後期高齢者医療制度を見よ。業界内では事前に多くの人が声を上げていたのに、全くメディアに採り上げられなかったではないか。あのようなマッチポンプこそが、マスメディアの本質である。
・であるから、今回も放っておくと、さらに軋轢を増幅する方向に動きかねない。自分たちの身が危なくなった時、軋轢を解消する方が自分たちの利益にかなう時、初めて軋轢解消へと動き始める。
・では、メディアに軋轢解消のために一役買わせようと思ったらどうしたらよいのか。私なりに思いつく手段はいくつもあるが、それはかつて禄を食んだことのある身として言わない。皆さん自身で考えていただきたい。

(個人)
・記者個人は、もう少し複雑である。私も含めて、「公器の装い」に騙されて、入り「正義感」を持って仕事をしている人間も多い。ただし幼稚な正義感ほど怖いものもないし、いつまでも騙されているのも記者として問題ありと思うが、今回はその問題には触れない。ぐうたら記者は別として、通常は、自分の記事や番組に注目を集めたい、称賛されたい、その結果として世の中を変えたい、社内外で評価されたい、と思っている。しかし、ここが現在のマスメディアの最大の問題なのだが、リスクは取らない、取りたくない。安全地帯から石を投げるのが、正しいマスコミ記者のありかた。記者個人の責任では記事が書けない。個人としてはリスクを取りたくても組織が許してくれない。
・リスクを取らないでも構わないから、議論となっていることを丁寧に報じればよいではないかと思うかもしれないが、分かりづらい話は載りにくいし、評価もされない。分からないものを分からないと書けない、書いても載らない。
・結果として何が起きるか。情報をくれて、リスクを取ってくれる他者に寄生することでしか、社内で評価されない。リスクを取ってくれる他者とは、主に当局であり、紛争当事者である。その寄生関係がない場合、記事が載らない。扱いが悪くなる。


(3)マスメディアと持ちつ持たれつ

・卵が先か鶏が先か。実は、このようなマスメディアの性格を、多くの人が知っている。だから記者クラブがあって、適当に情報を与えつつコントロールしている。記者からみても、当局・当事者の情報がもらえなかったら大きなハンディとなるので、当局・当事者に寄生して代弁者・エージェント化した方が楽である。エージェント化せずに、自分の足で稼いでも載らない、扱いが悪くなる。
・皆でエージェントを取り合うと何が起きるか。実社会の力関係がメディアにも反映されることになる。だから、そんなに変なことではないのかもしれない。しかし医療業界は、エージェントを獲得しようとしてきただろうか。むしろ取材に来る記者を叩き返すようなことをしていなかっただろうか。
・実は記者クラブも実社会を反映して、発言力の大小がある。新聞社の場合、政治部であれば自民党の「平河町クラブ」であり、経済部であれば大蔵省・財務省担当の「財研」であり、社会部であれば「司法記者クラブ」である。
・もちろん厚生労働省にも記者クラブがある。が、財研と司法クラブがメディアを牛耳っている時に、社会保障費増額とか、刑法改正とかの記事が自然に載るはずがない。むしろ、そういったメディア内の勢力から見れば、医療業界が一枚岩にならない方が、都合よいことになる。
・このままなら軋轢解消の動きはメディアから絶対に出てこない。メディアを使いたかったら、まず自ら行動することによって、ネタを作ってあげないといけないし、リスクも取ってあげないといけない。ただでさえ、医療業界は閉鎖的で取材しづらい。その気になって取り組もうとした記者たちが、お説教されるので、みんなイヤ気がさしていると聞く。


(4)最後に

当然の前提として、この世の中に絶対の制度や仕組みなどない。常にベターをめざして試行錯誤するしかない。これまでお任せで来たところに、ふいに医療者が覚醒して今回の騒動が起きた。いったん思考停止してお任せにすると、また覚醒した時に今回と同じ問題が起きる。常に自分で何とかするしかない。自分が当事者として行動する覚悟さえあれば、メディアも意外と役に立つ。

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