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ニュース〜医療の今がわかる

福島県立大野病院事件公判 雨傘番組


8月20日は公判終了後に「福島大野事件が地域産科医療にもたらした影響を考える」も開催された。
私は「裁判傍聴をして」という報告をした。
ただし、裁判傍聴に入れない可能性も十分にあったので
入れなかったら、この内容で話をしようと思って準備していた。


丹波新聞の足立記者からは「こっちも話せばよかったのに」と言われた。それもそうだなと思ったので、ここに掲載する。


実は、裁判所から会場まで乗ったタクシーの運転手に「あんな医者は野放しにしてもらったら困るよねえ」と言われて絶句した。おそらく彼の頭には、警察が逮捕当初に発表し報道された情報しかないに違いない。裁判でどのような情報が出てきたかを知っていれば、絶対にああ言わないと思う。


今回も加藤医師は凄まじい報道被害を受けた。似たようなケースは過去に何度もあったのに、なぜメディアは同じことを繰り返すのか。



最初は「クーパーで無理やり剥離」と報じられていた。しかし判決の中では争点としてすら扱われていなかった。



最も社会の印象を決定づける初報の段階で、検察の無理筋の見立てに引きずられて報道してしまっている。
東京にいたため現物で検証できないのだが、後述する理由により、県紙の報道が朝日新聞以上にバランスが取れているとは考えにくい。だから、もし朝日新聞の報道を見てヒドイと思うのなら、県紙の報道はもっとヒドかったはず。







医療界の方々は、「なぜちゃんと取材しない」と憤りを覚えるだろう。
でも実はメディア側にあまり「取材してない」意識はなかったと思われる。
なぜ、こうなるか。
答えは簡単。


一般の人は、メディアに調査能力があると思っているだろうが、実は独自の調査能力はほとんどない。陣容を考えれば当たり前の話。
実は誰かから教えてもらった話を右から左に流しているに過ぎない。


そして、その「誰か」というのが、既存のマスメディアは、ほとんど当局とニアイコールになっている。
「優秀な記者」とは、当局から情報をもらえる記者のことであり、逆に言うと当局と良好な関係でなければ大多数のマスコミ記者は生きていけない。(一部、反体制的団体と結び付いている記者もいるが、それはアンチテーゼとしての存在であって、サイレントマジョリティの声を丹念に広いあげる記者など極小数しかいない)


マスメディア自身もどうするのか問われているし、受け手の側もそのように当局(あるいは反体制派)の発信する情報をニュースと思い込まされていないか、振り返る必要がある。


マスコミ側が以上で指摘したような「業」に自覚的であるならば、ある意味、メリットがデメリットを上回ることもあるだろう。
しかし、かつての自分を振り返ってみて思うのは、とにかくリスクを取るな、誰かが責任を取ってくれないことには触れるなという教育をされていないか。
おかしなことを当たり前におかしいと思う感覚が、忙しさの中で麻痺していないか。








今日の判決で、医療界の対司法の取り組みは一区切りついただろう。
次は対マスコミの取り組みが必要な時期かもしれない。
マスメディア再生のためにも、医療界の方々は面倒がらずに、働きかけを続けていただきたい。

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