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ニュース〜医療の今がわかる

(2010年8月号)

QALYの話

 QOL(生活の質)という言葉は日本にもすっかり定着しました。では「QALY」はご存じでしょうか。quality-adjusted life-year(生活の質を調整した生存年)の頭文字を取ったもので、「クォーリー」と読みます。
 元々は、医療資源の適正配分のため、医療行為がもたらす効用の指標として編み出された概念ですが、患者さんの生活(人生)の質を考慮に入れた医療の評価方法です。
 なぜ、この概念を持ち出したかと言うと、がん治療の分野では単に長生きすることを指標とするだけでなく、いかに生きたのかを問うことが重要視されてきているからです。
 今年の2月にハワイで日本と米国の癌学会合同会議がありました。その場で、元アメリカ癌学会の会長で、現在、ジョンソン&ジョンソン社の副社長をしているビル・ハイト博士が、今後の抗がん剤開発には、QALYという観点が不可欠であることを強調しており、それに強い印象を受けたからです。
 私は、本来的なQALYの「異なる人や疾病間で比較して、QALYの高い方へ医療資源を優先投下する」概念は、医療資源の観点を重視し過ぎているので、すぐには賛成できませんが、「人生の質を考慮に入れた治療薬の評価法」を導入していく時期にきているのではと思います。
 また、標準治療という名の「人間の、あるいは、患者さんの多様性を無視した統計学的評価」だけを「エビデンス」とすることも考え直さないといけないように思います。効果も副作用も個人差がある現実を考慮し、効果を最大限に、副作用を最小限にするために、国をあげて取り組んでいくべきであると思います。個人差を明らかにするエビデンスを見出していくことがQALYを高めるために重要です。

8割は治療を望む

 特に抗がん剤は、元々が自分の細胞である「がん」の存在に関わる大事な分子を叩くわけですから、正常細胞にも影響がないわけありません。
 分子標的治療薬の登場によって副作用の軽減が期待されましたが、一部の薬剤を除いて、これまでの抗がん剤には認められなかった種類の副作用が出現しているのが実情です。重篤な例もあり、これらを回避するための診断法開発が急務です。
 以前、イレッサという肺がんの薬が承認された後、重篤な肺炎が問題となり、メディアが大騒ぎして一時は患者さんがその薬を拒否する事態が生じました。そのために、有効であったかもしれない患者さんがその薬を服用することなく亡くなったケースもあったはずです。メディアは、医療側や製薬企業には厳しい立場から情緒的な過剰報道をし、その反省からでしょうが、最近の薬剤の副作用にはあまり触れません。
 イレッサに限らず、どんな薬でもそれが絶対に安全であることはないという事実から目をそむけることはできません。今ではイレッサの効きやすい人が特定され、非常に高い評価を得ていますし、当初は否定的であった欧米でも、患者さんを選択する形で利用されています。依然として副作用を回避する有効な手立ては見つかっていませんが、有効率を高めることで、リスク・ベネフィットのバランスのベネフィットを高めた結果、有用な薬剤として定着しました。
 また、ゲノム研究の成果により、薬の副作用リスクにつながる遺伝的な要因が見つかってきていますし、科学的な研究成果を臨床現場に応用してQALYを高める医療の推進が必要であると思います。日本における薬剤の開発が非常に遅れつつあることが問題となっていますが、新薬を開発していく際にも、医療側にも患者さん側にも、リスクとベネフィットを考えた対応が不可欠です。米国では昨年900品目以上の抗がん剤の臨床試験が実施されたとの報告がありますが、何もしなければ限られた命であるという条件でのリスクとベネフィットの評価を冷静にしないと、日本での新薬開発はガラパゴス化していくだけでしょう。
 本誌『通院ついでの歴史散歩』連載中の加藤大基医師など東大病院放射線科のグループが行ったアンケート結果では、末期がんと言われた人でも80%の人たちは最後まで治療を受けたいと思っています。これに対して最後まで治療法を提供したいと思っている医師は20%しかいません。この意識ギャップというのは大変大きいのです。

がん難民を減らす

 私たちの所にはたくさん電話がかかってきます。私の夫、私の子供、私の家内・主人を何とかしてほしい、という切実な訴えです。そういう気持ちの人が国内に何十万人もいるのに何も手を打とうとしない国というのは、医療政策からみれば3等国、4等国です。私は「がん難民」を減らす方法は2つあると思います。
 一つは、新しい治療法を試みる機会をたくさん提供することです。やはり希望なく死を待つというのは、人間にとってすごくつらいことです。緩和ケアなど、心安らかに死を待ちなさいというのが、患者さんや家族の気持ちを本当に満たしているとは思えません。たとえ1%のチャンスでも希望をもって生きられる環境を国としてつくることが重要です。
 だから、私たちはワクチンを含めて色々な抗がん剤をつくりたい、と努力しています。
 もちろん、患者さんのリスクを回避しつつ新しい治療薬へのアクセスを良くすることは容易ではありませんが、患者さんが生きる望みをつなぎ、そしてそれが、また次の患者さんに生かされる良循環にしていくことが大切です。
 がん難民対策のもう一つは、がんの再発を減らす、ということです。今、日本だけでも年に60~70万人ががんと診断され、約34万人、すなわち1日に1000人弱の方ががんで亡くなっています。何らかの治療を受けても2人に1人程度は再発しています。その3分の1を減らせるだけでも、数万人から10万人の単位で患者さんや家族を、再発とその後の苦痛から救うことができるわけです。
 次回からは、こうした観点から私たちが取り組んでいる「がんワクチン」について説明していきたいと思います。

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