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ニュース〜医療の今がわかる

(2010年7月号)

国立がん研究センターへ

 4月16日から、独立行政法人となった国立がん研究センターの研究所長を兼務することになり、ヒアリングなどを始めています。これまでは、外部から見ていて歯がゆい思いをすることが多々ありました。これからは、医療を司る厚生労働省管轄下の研究所として、単に論文を書いて終わりではなく、研究の臨床応用から診断法・治療法の開発を積極的に推進できるようにしていきたいと思っています。
 臨床応用の進まなかった原因は、同じ敷地にある中央病院との連携が十分でなかったからと思われます。
 背景の一つとなったのは、「サイエンスは楽しく研究しましょう」のキャッチコピーに代表される日本に根強い考え方だと思います。
 自分で楽しむ分野が重要であることは否定しません。しかし、サイエンスは純粋に知的好奇心を追及するものなのだという考え方があまりにも強かった結果、日本では、基礎研究は高く評価されるけれど、社会に役立つ応用研究は一段低く見られる時代が続きました。こうして、日本の基礎研究のレベルは世界有数なのに、臨床研究のレベルは低いという状態ができあがってしまったのです。


社会に貢献する

 正直、これでは患者さんの希望と乖離してしまうのが当たり前だと思います。
例えば、この連載でも説明してきたように、薬を使い分けして、自分に投与された薬が有効であってほしいと思うのは患者さんにとっては当たり前のことです。副作用で苦しみたくないと思うのも当たり前のこと。この患者さんの求めていることを、技術や基礎情報の整備によって色々と研究し、そして応用できるようになってきているのに、それに向かって、みんなで協力しようという体制作りが図られてこなかったわけです。
 メディカルサイエンスの研究というのは、患者さんにQOL(生活の質)のよい生活を提供するとか、患者さんに笑顔を取り戻してもらうというゴールに向かって、つらくても苦しくてもやらなければならないものだと、私はずっと思ってきました。
 ライフサイエンスを楽しむことと、世のため人のためにメディカルサイエンス研究することを、区別する必要があると思います。私自身も、社会に貢献したいという考え方を持つ若い人たちを、支援していきたいと考えています。

空洞化する創薬

 このように言わねばならないと考えたのには理由があります。
 4月に前立腺がんに対するワクチン療法が、FDA(米食品医薬品局)で承認されました。これで、FDAが承認したがんの分子標的治療薬は20品目になりました。しかしその20品目の中に、日本発のものは一つもありません。これらの薬を買うために使われている費用を含め、医薬品の輸入超過額は平成20年には年間8000億円にものぼりました。未承認薬の個人輸入や適応外使用薬の並行輸入の費用まで含めれば、もっと膨らみます。
 基礎研究分野が世界と伍して闘っているのに、この有様。思いつくものだけ挙げてみても、トラスツズマブ(ハーセプチン)、オキサリプラチン、イリノテカンの診断。すべて根幹となった研究は日本で行われたものです。しかし、実用化したのは欧米の企業でした。そして、今や基礎研究の優位性すら失われようとしています。
 3月から4月にかけて、がん関係の国際学会3つに参加してきました。それらで座長やスピーカーとして登壇する日本人は10年前に比べて激減しており、登壇するアジア人の大半が中国人でした。
 WHOの推計でがんが世界の死因第1位になろうとし、我が国でも3人に1人ががんで亡くなっている時なのに、世界のがん研究は、日本抜きに欧・米・中の枠組みで進められる時代になりつつあることを実感しました。

鍵はゲノム

 かたやアメリカに目を転じれば、オバマ大統領が、長年ゲノム研究をリードしていたフランシス・コリンズをNIH(米国立保健研究所)長官に起用したことからも分かるように、今後はゲノムをキーワードに、薬の開発や薬の使い分けを進めていく方針は明らかです。
 10年後、ゲノム関連の技術が医療に与える影響はどれほど大きなものになるでしょう。しかし日本は完全に立ち遅れてしまいました。このままでは、日本発の診断法や治療法など、夢のまた夢です。
 この状態を放置して、どんどん欧米産の新しい薬が使われるようになると、医療費は必然的に増えます。それが日本企業の開発・製造した薬などによるものであれば、税金という形で国に還元されますが、日本のトップ企業は主力薬の特許切れ問題に直面しており、今のままだと日本の製薬企業も確実に弱っていきます。製薬企業からの税収が見込めない上に医薬品・医療機器を輸入しないといけないというダブルパンチです。医療保険制度の維持ができるかどうかも分かりません。
 早急に日本の医薬品研究体制を強固に構築して、国際的存在感を再び示せるようにしないといけないと考えています。そして創薬も企業任せにするのでなく、基礎研究で見つけたシーズをうまく利用し、国の戦略の中で診断法や治療法などに還元していく仕組みに転換する必要があります。
 それが、結果的に、日本の患者さんにも世界水準の希望を提供できることにつながるでしょう。その意味でも、国立がん研究センター研究所長の使命は重いと考えます。

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