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ニュース〜医療の今がわかる

(2010年10月号掲載)

ペプチドワクチン療法

 前回、免疫機構にがんと闘ってもらおうとしても、がん自体が免疫の働きを妨害すること、肉眼に見えるような腫瘍のがん細胞は免疫細胞の数よりケタ違いに多いこと、この二つが障害になって、なかなか期待したような成果を上げられずに来たということを書きました。
 これらの問題に、どのように対処したらよいでしょうか。
 ちなみに、がんが免疫を妨害する方法にも大きく分けて2通りあり、免疫機構を鎮静化させるような物質を出したり免疫を抑える細胞を増やしたりすることと、免疫部隊の攻撃の目標となる抗原を隠してしまうこととがあります。この場合の抗原とは、前回も述べたように、細胞内で作られたタンパクの断片が細胞膜上の「お皿」に載ったもので、このお皿は白血球型(HLA)によって個人ごとに形が決まっています。
 一般にタンパクは数百~数千個のアミノ酸でできていますが、がんと対抗する際に免疫の中心的役割を果たすキラーT細胞が見つけだす抗原は、8~10個のアミノ酸でできた小さな「ペプチド」です。ペプチドを皮下に注射すると、それが特殊な細胞にくっついてキラーT細胞が活性化し、さらに増殖して抗原を持った細胞を攻撃するようになると考えられています。活性化したキラーT細胞をCTLと呼びます。
 この程度の大きさのペプチドは大量に人工合成することが可能です。理論的には、がん細胞にだけ存在して正常細胞にはない(これを、がん特異的と言います)抗原を見つけ、それをもとにしてCTLを誘導するペプチドを見つければ、そのペプチドを体内投与することによって、正常細胞には大して影響を与えることなく、がん細胞を攻撃させる効果があるはずです。このようにペプチドを薬剤として使用し、免疫の働きに期待する治療法を、「がんペプチドワクチン療法」と呼びます。
 療法の有効性や安全性を高めるポイントは、ターゲットとなる抗原が正常細胞には存在しないがん特異的なものであることと、投与するペプチドが効率よくキラーT細胞を活性化させるものであることです。

がん特異抗原

 以上のような見通しの下に、まず我々は、がん細胞にはあって正常細胞には存在しない「がん特異的タンパク」を探すことにしました。従来、腫瘍組織と正常組織を比較するという手法が取られてきましたが、がん細胞の周りにある正常細胞まで混ざってしまって正確性に欠けるため、がん細胞のみを切りだすLMM法という技術を応用し、がんに特異的な多くのタンパクを発見しました。
 その中から、がんの性質を示すために必須のタンパクを探し出し、さらにそれらのタンパクのうちCTLが強く誘導されるものを探しました。
 その結果、数十の有望な分子を見出しました。

二つの障害は?

 さて、ペプチドワクチン療法によって、冒頭に書いた二つの障害はクリアできるのでしょうか。
 まず数の問題ですが、用いるペプチドは分子が小さいので、1回に投与できる抗原量は、直径10センチもあるような大きな腫瘍のがん細胞全部のさらに数千倍に相当します。免疫機構が健全な状態で保たれているうちならば、相当の効果を期待できると思われます。がん細胞が免疫細胞よりも少ない初期や手術後であれば、なおさら期待できるはずです。
 また、圧倒的な数で定期的に抗原刺激を続ければ、免疫力が高まり、じりじり優勢になっていくはずです。
 がん細胞が抗原を隠してしまった場合というのは、若干厄介です。がん細胞の中には、一定の割合で多くの抗原の発現が失われているものも存在し、その場合はCTLが攻撃対象を見つけられず、治療効果も期待できないということになります。
 ただし、がん特異的タンパクのうち、それをがん細胞が作らないと生きていけないようなものを選べば、抗原を隠す確率は減ります。とはいえ、「お皿」であるHLAを作らない場合は難しいことになります。
 いずれにせよ、がん抗原だけに頼るのはリスクが高いので、がん組織の周囲に作られる新生血管を標的としたペプチドワクチンも併用することにしました。血管ができるのを妨害し、がん組織を兵糧攻めする理屈です。アバスチンなど、いわゆる分子標的薬の中にもその効果を狙ったものがあります。

臨床研究が進行中

 既に国内の多くの医療機関で、様々ながんを対象にペプチドワクチン療法の臨床研究が進められています。抗原として認識されるのが、HLAのお皿に載った状態であるため、HLAの型によっては治療効果を期待できないなど、希望すれば誰もが受けられるというわけではありませんが、 私どもの研究室のサイト(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/nakamura/main/cancer_peptide_vaccine.pdf)で、どの医療機関が、どのがんを対象にした研究を行っているか見ることができます。よろしければ、ご覧ください。
 次回は、この臨床研究について詳しく説明します。

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