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ニュース〜医療の今がわかる

格差社会に必要なのは"ゴッドハンド"でなく"標準治療"


--経済事情以外に、どういう要因があるでしょう。
 
日本人は病院が好きですね。風邪でこんなに病院に行く国はないでしょう。そして世界のCT装置の40%が日本にあると言います。ところが院内で予約しようとすると2週間待ちという状態です。例えば、医師が内診をして卵巣のう腫と診断し、手術を考えたとします。でも今は超音波もします。「この患者さんは20歳代でがんではないだろう」と思っても、血液検査で腫瘍マーカーも調べます。もし、「君の年齢ならがんは大丈夫だから切ってから考えましょう」なんて言われたら嫌でしょう? だから「検査をして、CTを撮りましょう。でもMRIの方がもっと分かるかもしれないからそっちも撮りましょう」となります。国民が機械を求めているというのもあると思います。「あの病院はPETがあるからやった方が安心」と誰かに言われたらそう思うかもしれません。日本人の国民性があると思います。
 
--それには、医療の高度化によって選択肢が増えたことにより、実施する医療が増えているという側面もありますね。
 
■医療の高度化に、医療者と患者の意識改革が必要
我々がどこかでそれに線を引き、自制することも必要だと思います。内診して超音波を見て、せいぜい腫瘍マーカーをして、それでいいんじゃないかと。医療側もどこかで妥協しなきゃいけないと思います。MRIやCTを両方行えば3、4万円の上乗せになります。病院収入として考えて取る先生もいるかもしれないし、取らなかったら責められる病院もあるかもしれません。
 
--医療の高度化によって、選択肢も負担も増えているということに、国民側が気付いていないということがあるように思います。
 
やはり、技術の進歩が急速です。私が学生だったころは循環器内科の教授が「昔は『心臓(の病気)です』と言ったら終わりだったけど、今はそうはいかなくなった」と話していました。以前は「脳です」「頭です」と言ったらもうそれ以上は手の施しようがなかったし、患者もそれを分かっていた。でもそれはたった4、50年前の話です。中世の話なんかではない。機械や技術が飛躍的に進化しています。産婦人科の超音波にしても急速な進歩です。我々のブランチ、つまり医療界周辺の産業はうまくいっているのかもしれません。ただ、肝心のコアにいる私たちは進化する機械や技術に振り回されている気がします。私たちも進歩していると思いますが、指先の技術がどれぐらい違うかというとわずかでしょう。手術に対する考えや手順が変わったという程度の進化で、メスを扱う技術の進歩なんてないに等しいです。しかし、周りの技術革新はすごいスピードです。機械を要領よく使っていても、よく考えると使われているようなものかもしれません。
 
■「どこまでの医療を」-国民的議論が必要な段階に
--国民側も、限られた資源と発達する医療がある中で、一体どこまで医療に求めるのかということを考えていかねばいけない時だと思います。例えば、妊婦の受け入れ不能問題に関しても年間一握りの脳出血を起こす妊婦に対して、どこまで助けることを求めるかという国民的議論はないまま報告書もまとまり、東京都では「スーパー周産期センター」ができました。
 
今回はマスコミが騒いだのに煽られてやってしまったということもあるでしょう。やっぱり妊婦や子どもは弱者で、奈良の受け入れ不能問題以降、妊婦がいわゆる"たらい回し"されるなんてことがあってはいけないと国民は皆思っているでしょう。確かに脳内出血は普通の人より妊婦の方が死亡率は高いので、整備しないといけない問題であったと思います。しかし、このシステムに関して言えば、運用後に状況に応じた修正を加えて行くことがより大切と思います。
 
--今、高齢者医療、救急医療、新生児医療など、どこも医療の高度化によってお金と資源さえあれば、相当の医療を提供できるようになっています。ただ、限られた資源の中で、どこまで医療を提供するのか、求めるのかを議論していく必要があると感じています。
 
誰にどこまで医療を提供するべきかは、大変難しい問題です。移植医療や生殖医療の進歩には目を見張るものがありますが、同時にコストもかかります。確かに医療には費用対効果だけでは考えられない部分があり、一律に議論することは危険です。この問題解決には医師のみならず、まさに国民的議論が必要になると思います。
 
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