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ニュース〜医療の今がわかる

赤信号みなで渡れば合法になる

100718syuumatuki.JPG  3連休ど真ん中だった7月19日午後、都内で『市民と医療を考える1-川崎協同病院事件から医と法を考える』というシンポジウムが開かれた。自分や家族の死が避けられない状況になった時、私たちは医療にどこまで求めるのか。直球ど真ん中の問題を考える会になった。(川口恭)

 川崎協同病院事件とは、同病院で医師が患者の気管内チューブを抜き、筋弛緩剤を投与して死亡させたとして、最高裁で殺人罪の執行猶予つき有罪判決が出た事件。シンポジウムの趣旨は、主催者によると『体に入っている管を抜いてほしいという家族の願い、死を迎えるならせめてより良い死に方を願う医療従事者の思い、積極的な治療の中断のタイミング、――医療現場で直面し日々悩んでいる問題である。川崎協同病院事件で司法が判断を下した。しかし司法界だけで結論が出る問題だろうか。もちろん医療界だけでは正解が出せる問題でもない。市民が望む死に方、そして医療者に患者や家族は何を求めるのか。司法界に丸投げしてきたことを反省し、タブー無き議論に挑んでみたいと、このシンポジウムを企画しました』とのことだった。

 前半は、須田セツ子医師の実兄である須田年生・慶應大教授が、兄の立場から事件の経過を説明し、「東海大安楽死事件で司法から示された4条件を金科玉条のように扱っているが、もっと十分に議論する必要があるのでないか。市民がどうのこうのと言う前に、医療者がどういうコミュニティを作っていくのかが問題だ」などと述べた。

 続いて医師と弁護士の2つの資格を持つ大磯義一郎氏が「治療中止を医師主導で行うことはあり得ない。むしろ患者家族の手足となって役割を果たしているのでないか。司法が裁くことによって、患者家族の手足となりづらくなることも懸念される。それは国民にとってよいことなのか。また現行の刑法上有罪とするしかないにしても、それをそのまま機械的に行政処分につなげてはならない事例だろう」と述べた。

 3番目に登壇した小松秀樹・亀田総合病院副院長の発言は色々と感じる所が多かったので長めにご紹介する。
「医療と法は基本的に噛み合わない。法は原理主義的で適応性に欠ける。刑法は特に適応性が悪い。医療は事実からの帰納で自ら変わるので適応性がかなり高い。日本の刑法はドイツ観念論の系譜をひき、徹底した演繹構造。人間の生命の価値を無条件で高く評価する。医療現場の現実として、1人の人間の生命を最優先の価値とすると、残った人間の生活を脅かすことがある。人間は遅かれ早かれ必ず死ぬ。生命を救うことにあらゆる手立ては実際には講じられていない。適当なところで努力を止めているのが現実だろう。人間の社会は死を前提にできている。次々に人は生まれてくるのだから、死ぬ人がいないと社会が成立しない。これを直視すべきだ。最近『救児の人々』という本を読んで感銘を受けた。新生児科の医師は患児の生命至上主義にかなり支配されていて、徹底して努力をする。人工呼吸器の付いた子供が家庭に戻されると、多分2、3人付きっきりの生活になる。妊娠中絶が許されている国なのに、共存していけるのか。嚥下障害のある高齢者に対して胃ろうを設けたり経管栄養をしたりするのも、本当に必要なのか。私の父がこの状態になって、胃ろうは相談されたからやめた方がいいと言ったら、ほぼ強制的に鼻からチューブを入れられた。本人が嫌がって抜いたら、母親が見に行った時には管を入れられて手足を縛られていた。いずれにせよ、演繹的に考えるのでなく、個々の状況に応じて判断すべきで、何かまとめてどうこうというのはしない方がよいのでないかと思う。法と医療とでは、法の方が権力がある。法に頼らず、法に逆らわず、法と距離を保って、したたかに医療を守る必要がある。『赤信号みんなで渡れば怖くない』というのは病院では通用しないが、法には通用する。患者家族や医療チームの多数の人間の合意で事実を積み上げること、社会の認識の変化を促すこと、時間をかけて多段階で対応するということが必要だろう。何か規範を作ってもらって、それで解決などということは考えない方がよい」

 残る演者はあと3人。濱木珠恵・墨東病院医長は
「もう積極的な治療はないという説明をすることは未だに好きでない。しかし、きちんと引導を渡してあげないと、本人もつらい思いをするし、家族も暗い希望を持ち続けることになる。状況を引き受け、どういう死に方を選んでもらうかという芯を医療者は持っていなければならないし、本当は誰もがみな持っているべきだと思う。その感覚を法に規定してほしくない」と述べた。

 看護師の常松佳代子氏は、療養病床で実際にあった事例を元に
「もういいよ、痛いのはイヤだと言っていた患者さんの言葉を聴いていたが、しかしそれを看護記録に付けていなかったために、急変時に医師に伝えても聴く耳を持ってもらえず、恐らく本人が望んでいなかったであろう挿管・延命措置をしてしまい、看護師が葛藤に悩んだという実例がある。このようなことは起こりがちだ」と述べた。

 最後に登壇したのは須田セツ子医師の患者だという齋藤武敏氏。
「須田先生には、母親がお世話になった。あの世へ行くまで、一度も入院せず、88歳で大変幸せな逝き方ができたと思う。何か問題が起きた時には、大変に適切な判断をスピーディーにその場その場で付けていただいてありがたかった。何はおいても一番信頼できるお医者さんだ。医療界の皆さんにもお願いしたいのは、常に我々患者の目線に立った活動をしていただきたいということ」としめくくった。

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