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介護者たちの共感の場が家族の力を育てる

 介護家族へのインタビューを4回にわたってお届けしてきましたが、4人と出会ったきっかけは「つどい場さくらちゃん」でした。4人は介護者同士が共感したり情報交換したりする「場」の必要性を強調します。私も最初は一般的な家族会のように、集まって話すことで日ごろのストレスを和らげていく場かと思っていましたが、介護者が他の家族の見守りをしたり、介護する側とされる側が一緒に北海道に旅行して介護を学んだり。民間ならではの有機的な取り組みの中で、介護者自身が育つ姿がありました。(熊田梨恵)

介護家族たち.JPG 阪神西宮駅(兵庫県西宮市)を降りると、目の前にある一軒家に「つどい場さくらちゃん」と書かれた木目の表札がありました。チャイムを押して玄関を開けると、1階奥のリビングから賑やかな笑い声が聞こえてきます。入っていくと、リビングのテーブルを囲んで4人の女性が座り、笑顔で出迎えて下さいました。部屋の中は昆布だしのいい香り。NPO法人「つどい場さくらちゃん」の理事長を務める丸尾多重子さん(通称まるちゃん)が台所に立ち、にこにこと話しながら料理をされていました。

 女性たちは、認知症の家族を在宅で介護している人が3人、そのうちの1人の母親で認知症のご本人もおられました。しばらくの談笑の後、新聞記事をきっかけに胃ろうの話題に。「本当に本人がそうしたいと望んだ生き方なんやろか?そうは思われへんわ。私やったらしたくない」、「胃ろうになったら病院をすぐ出されてしまうやろ。受け入れ態勢ができてへんまま胃ろうの人を作ってしまうっていうのはどうかな......」「うちは、私にもお父ちゃんにも絶対せんといてって、娘に言ってるよ」など、真剣な会話に。まるちゃんも料理を用意する手を止めないで加わります。「胃ろうは元々アメリカで、脳性まひがあって飲み込みにくい子どものために作られたもんやで。大人じゃなくて、将来のある子どものためのもの。それが今の日本では高齢者の延命に使われるのが当たり前みたいになってる。もっと考えなあかんわ」。

 会話をしながら、介護者たちは立ち上がってご飯をよそったり、お皿を配ったりし始めました。色とりどりの料理がテーブルの上いっぱいに並びます。牛筋と大根の煮物、筍と鶏肉の卵とじ、ポテトサラダと野菜サラダ、牛肉の和風炒め、お刺身、蕨の煮物、ちりめんじゃことカツオの手作りふりかけ、もずく、なまこ、明太子、漬物など。まるちゃんは以前に和食総菜屋を開こうと準備していましたが、阪神淡路大震災で全壊してしまった経験があります。毎日ここに来る人たちにプロ並みの昼食を振る舞い、まるちゃんの料理のファンになって訪れる人もいるそうです。

 「いただきます」と、食事が始まりました。先程の娘さんはお母さんを介助しながら一緒に食べています。その間、何度かチャイムが鳴り、食卓に人が増えていきました。大阪方面で「つどい場」を開きたいと考えている訪問看護師、宅老所の介護スタッフ、妻を介護している男性、地元の大学の学生も。みなで食卓を囲んで、会話はさらに盛り上がります。「うちに来てくれてるヘルパーさん、まだ慣れてないんか、それとも性格が元々大雑把なんかな......。移動介助の時に『どさっ』とされるのが気になってんねんけど言われへんくて......」といった家族の介護の話題から、「尼崎市やったら福祉タクシーチケットっていうのがあるよ。聞いてみたら!」と制度の情報交換も。近隣の病院や介護施設、デパートの話にまで及びます。まるちゃんは「ここではいろんな人たちが集まっていろんなことを話して行かれます。みんなには介護を続ける『しんどさ』という共通点があるから分かりあえて、ストレスを解消できる。毎日つらい思いをしている介護者もここで思いっきりたまった思いを出して、泣いて、笑って......。そして人の話も聞いて安心できて、また帰ってからもう一回頑張ってみようかと思えるんですね」と話します。

 つどい場さくらちゃんは2004年3月に市内のマンションで始まり、08年11月に民家を借り上げた今の場所に移りました。介護者以外にも行政やボランティア、学生、教員、近隣住民、医療・介護スタッフなど、年間で約2000人が訪れます。由来を聞かれることの多い名前は、西宮市の花の「さくら」と、「ちゃんと生きよう」から取りました。基本は平日の日中にオープン、利用料は1回500円(昼食付き1000円)。夜には在宅往診から帰る途中の医師が寄ってご飯を食べて行ったり、介護の勉強会の後には懇親の場の「居酒屋さくらちゃん」になったりすることもあります。

 「つどい場」を始めようと思ったのは、まるちゃん自身が両親と兄をみとった経験からでした。「介護者は介護に明け暮れて出掛けられなくなるし、だんだん社会から孤立せざるを得なくなってきます。本人にとってもとてもつらいことです」。専従スタッフはまるちゃんだけですが、約40人のボランティアが「つどい場」を支えています。

■介護保険の間を埋める
 「つどい場」にとどまらない独自のサービスも行っています。介護技術などを学ぶ勉強会を開設以来、不定期で開催しています。まるちゃんは、「介護者はある日突然介護する立場になりますけど、それまで全然介護や認知症などについて学んだりはしていないから、どう介護していいか分からなくて悩むんです。私ももっと勉強していたら、もっといい介護をできたのにと後悔しているので、絶対にこういう会をしたいと思っていました」と話します。勉強会の内容も、力の要らない介護技術や認知症のケアの方法、薬の副作用やターミナルケアについてなど、日々の介護にすぐに応用できるものばかり。「例えば日本人は薬好きの文化がありますが、元気な30代と体の弱った90代の高齢者が同じ1錠を飲むのはおかしいでしょう。それに薬は副作用と必ずセット。でもそういうことを知らない人が多い。自分たちで納得のいく介護をして、医療者ともきちんと話していくためには、介護者自身が学んで力を付けていくことが必要です」とまるちゃん。

往診中の医師も訪問.JPG 介護保険サービスの訪問介護は時間が限られているので、ちょっと出かけたい時など細かいニーズには対応できないことがあります。「見守りタイ」と呼ばれる支援スタッフが、在宅介護をしている家庭に出向いて高齢者の見守りを行います。介護保険外のサービスで、60分600から。約40人いるスタッフは、元々つどい場に来ていた介護者たちがほとんどです。認知症の夫が施設に入所している戸牧一枝さんも「見守りタイ」に参加しています。毎週火曜日、午前7時20分ごろに家庭を訪問。家族が仕事に出かけるのを見送って、8時半過ぎにデイサービスの迎えが来るまでの間、戸牧さんが見守りをしています。戸牧さんは「自分も助けてもらったので、困っているご家族がいるなら、自分にも何かできたらと思いました。夫が認知症なので、対応は苦になりませんし、ご家族のお気持ちも分かります」と話します。まるちゃんは「みなさん、一度気持ちを切り替えたらすごく元気になって他の人の支援までできるようになる。人の力はすごいですよ」と話します。「見守りタイ」は2008年に市のモデル事業としても開始、さくらちゃんで行う見守りと並行して行っています。

 介護者と本人が一緒にお花見や居酒屋、北海道旅行などに出かける「お出かけタイ」も実施しています。まるちゃんは「介護保険が始まってから、高齢者の姿を街で見かけなくなりました。みんな施設や家に閉じこもってしまっています。電車に乗るだけでも、とにかく外に出てほしい。介護者も本人も中にいては息が詰まってしまいます」と言います。つどい場が始まった3か月後、協力的だった旅行会社と一緒に北海道旅行を企画。リフト付きの観光バスに乗り、現地で介護老人保健施設を見学し、介護講座も行いました。北海道にはこれまで7回出かけました。家族同士がともに旅行することで、他の家族の困っていることや楽しみを目の当たりにしたり、介護に使う道具や知恵を共有できたりするので、自分の介護を客観的に見られる良い機会にもなるそうです。
 
 月に一度、講師を招いて行われる「くらぶさくらちゃん」では手芸やレザークラフト、アロマセラピーやパソコンなどを介護者と本人が一緒になって習います。認知症の人は物を作ることで昔を思い出したように生き生きしたり、自然と場の会話に溶け込んだりするといいます。まるちゃんは「介護は大変だけど形にはならないでしょう。集中すると介護を忘れられるし、作品として形になると喜ばれるんです」と話します。

 サービスを介護保険で行おうとすると様々な規制が入って細かいニーズには対応できなくなるため、まるちゃんは「介護保険外でやっていきたいし、そうでないとつどい場はできない」と考えています。

■介護者の力が育つ場
 「介護が始まってからは出口のないトンネルに入ったようでしたが、ここに出会ってから心の中にすっと風が吹きました。『つらい』という気持ち自体を分かってもらえることで、とても楽になりました」と、認知症の母親の有岡富子さんと一緒に「さくらちゃん」に来ていた陽子さんは話します。ここに来るまでは富子さんと二人暮らしで、手探りで介護をしてきましたが、次々と現れる富子さんの症状に陽子さんはパニックになっていたと言います。陽子さんはここに来るようになって様々な思いを吐き出し、知識も学びました。富子さんに必要ないと判断した認知症の薬もやめ、在宅で看取っていくことについても考えています。まるちゃんは話します。「家族には元々十分に家族のことを考え、介護していく力があります。でも何事にも急ぎ過ぎる社会や介護保険制度が、そういう家族の力を奪ってしまったところがあると思います。ここで話しても解決策を誰かが答えてくれるわけではないんです。でも場があって、気持ちを吐き出せると自分を客観的にも見られるし、だんだん整理ができていって、道を見つけられるんです。家族には、そういう出会いと場と時間が必要なんですよね。昔は、人間は自然に老いて体が弱り、家族もそれを受け入れて、介護をしていくと腹をくくることができていました。そういう自然の姿、寿命に家族が寄り添っていくことが大事だと思います。たくさんの人と出会う中で、どう介護したいかゆっくり考えられるし、情報も得られる。ここはみんなが育ち合っていく場だと思います」。

 食事が終わってからも入れ替わり立ち替わり、介護者や介護職などが入っておしゃべりしていきました。中には実家近くで取れたという葱の差し入れだけをして帰っていった人も。

 まるちゃんは話します。「そうやって育ち合える信頼関係を作るには、やっぱり『同じ釜の飯』と言いますが、食事を一緒にすることだと思うんです。食べ物は体を作るから、その時の雰囲気や感じていたことも、一緒に自分自身になっていく。ここでみんなと笑って過ごした時間がその人を作っていく基になっていくと思います。だから、ここではみんなで食べることを大切にしているし、つどい場を始めた時から欠かしたことのないことなんです」。

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