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ニュース〜医療の今がわかる

「社会保障基本法」シンポ2.jpg 救急患者の受け入れ先が決まらないのは、医療機関の怠慢だろうか。勤務医の環境が悪化しているのは、患者の権利意識の向上や医療訴訟の増加などに原因があるのだろうか。十分な医療を提供できないのは、医療機関の責任だろうか、それとも患者の責任だろうか。医師が悪いのか、患者が悪いのか。(新井裕充)

 救急患者の受け入れ先が決まらず、命を落とす。これは、個人の尊厳を定めた憲法13条に違反するだけでなく、生存権を定めた憲法25条にも違反する事態。だから、憲法13条や25条を根拠として医療機関の「適正化」を図り、患者の命が守られるようにする。これが、「医療基本法」の成立を目指すグループの言い分だろう。

 しかし、医療機関が十分な医療サービスを提供できないのは、医療機関が悪いのだろうか。「医療者の人間性に問題がある」との指摘もあるが、十分な医療を提供できる環境が失われているからではないだろうか。

 では、勤務医の労働環境を壊している責任は、救急車を適正に利用しない患者にあるのだろうか。「クレーマー患者」や「暴力患者」など、医療現場の苦労を理解しない患者が悪いのか。「いや違う、納得のいく説明をしてくれない医療者が悪い」と考えるべきか。医療事故を隠そうとする医療機関が悪いのか。

 果たして、医療者が悪いのか、患者が悪いのか? 

 「医療崩壊」といわれる中、医療者と患者が互いに責任をなすり合う傾向があるが、何か大事なことを見落としていないだろうか。
 医療機関が十分な医療を提供できないのは、国の怠慢というべきではないか。患者が十分な医療を受けられないのは、医療機関の怠慢ではなく、国の不作為ではないか。憲法25条は、医師も患者も含めたすべての人の命が大事にされる社会を目指しているのではないだろうか。

 医師の計画配置や医療事故の調査、患者の義務などを規定する「医療基本法」の必要性を訴えるグループは、「憲法25条の生存権の理念を具体化する」などと主張している。
 では、憲法25条の理念とはどのようなものだろうか。「社会保障基本法」の成立を目指す竹下義樹弁護士は、「社会保障の裁判は人間の命と尊厳を守る闘い」と訴えている。
 先月、「社会保障基本法」の成立に向けたシンポジウムで、憲法25条をめぐる裁判に取り組んでいる竹下弁護士が講演したので、その模様をお伝えする。

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