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ニュース〜医療の今がわかる

村重直子の眼3 小田知宏・前スターティア執行役員社長室長


村重
「福祉分野で起業しようというのは、かなり思い切ったことのように感じます。どういう経緯でしょうか」

小田
「叔母が重度の障害を持っており、10年ぐらい一緒に住んでたので、障がい者に対する抵抗は全くないんです。だからといって、学生時代から障害福祉に興味があったわけではないんですね。元々は、社長をやりたいという思いがあって、大学は経済学部に入ったりとか、学生時代に家庭教師の会社を経営してみたりとか、商社(丸紅)に入って修行させてもらったりとかしてまして、25歳になってそろそろ自分の勝負すべき分野を決めようと思ったのが1999年でした。ちょうど、介護保険の始まる1年前です。色々な業界がありますけれど、介護業界は長期的に見れば間違いなく右肩上がり、自分が会社をやるんだったら成長する業界でやらなければいけないと思ったので、コムスンに入ったんです。

コムスンでは、最初は高齢者介護を担当していわゆる支社長をしていました。そして9年在籍したうちの最後の3年は障がい者支援事業部、障害を持つ方へのホームヘルプサービスをやる部門の責任者をしました。もう少し色々な障がい者への支援をやりたいと、児童デイサービスとかを立ち上げたり、障がい者に働いてもらう職場を作ったりとかしたんです。そうした経験を積む中で、私にとっては高齢者対象よりは障がい者対象の方が、仕事をすることで自分がより満足できる。あるいは仕事をすることで、お客様に満足を与えられるという気がしました」

村重
「初めてお会いしたのは、この頃ですね」

小田
「そうですね。でもご承知のように、その後で会社が潰れちゃったんで、面白いけれど仕事は別だよな、食ってくのは難しいよなと思って、別の業界のスターティアという会社で2年ほど働きました。上場してまして、従業員200人ちょっとの会社なんですね。社長になるという夢を実現するために、介護の業界を1回やめて、改めて他の業界でもう少し修行しようと。どの業界でも構わないんだけれど、そこでもう少し修行しようと思ったわけです。

今までは折口さんという、ああいう成長をとにかく求める、リスクを負ってもいいから成長するという人の下で仕事をしてたので、それは分かったと。すごくいい勉強をさせてもらったんですけれど、かなり偏っているので、別の堅い経営者の下でも仕事をしてみたいなと思ったんです。で、スターティアの本郷という社長は本当に堅くて、成長をある程度犠牲にしても構わない、減収減益でも構わない、でも絶対に潰さない、長い目で見て行こうという人で、この人から勉強させてもらおうと思って業界も考えずに入ったら、たまたま電話とコピー機を売ってたという感じです。

1年間役員をやらしてもらって、社長室長ということで、本当に色々なことを勉強させてもらいました。まずはやっぱり社長って面白いなと思いました。自分は社会にこんな貢献をしたい、こんな事業をしたい、従業員にはこういう風に幸せになってもらいたいという強力な思いを社長は実現できるんです。自分がこうしたいと思っていても、社長が言うなら、やはりこうしなきゃいけないし、社長っていいなあと思ったんですね。それと近くで社長の仕事ぶりを見せてもらって、上場企業でもこういう風にやればいいんだと、じゃあ自分の会社だったらこういう風にできればいいんだなと自信ができました。

その2年の間に障害福祉への気持ちもふつふつと湧き立ってきて、そろそろかなあ、と。でまあちょっと飛び出したということですね、売り上げのアテも何もないのに。3月末で役員の任期が終わりだったので、途中で辞めると迷惑をかけるから、ここで区切りということにしました。実際、売り上げの見込みがないことを色々とこう考えていると若干不安になりますけどね」

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