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ニュース〜医療の今がわかる

格差社会に必要なのは"ゴッドハンド"でなく"標準治療"

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インタビュー
中井章人氏(日本医科大附属多摩永山病院副院長)

 「今は所得も医療も『格差』の時代。だからこそ、どこにいても一定の医療が受けられる標準治療が大事。"神の手"は今の苦しい産科医療にはそぐわない。そのことを国民にも理解してほしい」-。"医療崩壊"が顕著に表れているとされる産科医療。医療資源が不足する中で妊婦や患者へより良い医療を提供していくための考え方と実践について、永山病院で「多摩永山方式」と言われる産科のセミオープンシステムを始めた中井教授に聞いた。(熊田梨恵)

■所得格差ある中で一律な保険点数はアンバランス
--先ごろ日本産婦人科医会が発表した統計では、各都道府県の分娩費用は住民所得との相関が強いとの結果(右図)が出ていました。しかも、分娩費は最も高いところと安いところで4倍近い差がありました。
 
所得相関.JPG全国の分娩入院費用の平均は約42万円でしたが、施設毎の分娩入院費用は21万円から81 万円と約4倍の格差がありました。都道府県毎の比較でも同じ傾向で、最高値だった東京都の平均分娩入院料は最低値の熊本県の1.5 倍でした。全国の都道府県別住民一人当たりの所得格差は2 倍以上です。これは、分娩入院費用が高額か低額の地域で、分娩入院費用が実勢経済と乖離していることを示唆しています。つまり、高所得の地域の分娩入院費用が経済状況より低額か、低所得地域の分娩費用が高額ということになるでしょう。
 
--これだけ地域による所得格差がある一方で、多少の地域加算はあるにせよ国内の保険点数が一律というのはおかしい気もしますね。
 
普通の市場経済の法則から考えれば非常に明快な答えがあります。医師は固定資産税や生活費のかからない県で開業し、産婦人科医であるなら分娩や婦人科手術などを扱えばいいのです。全国一律の保険診療点数なのだからその方が儲かるに決まっています。東京で開業するより神奈川、神奈川よりは静岡と、そう考えるのが普通なのですが、それで地域の医師が増えないというのはおかしいですよね。また、医師の半数は内科医ですから、少ない産婦人科医になればビジネスチャンスがあると考えるのが普通でしょう。医療界というのはこのようなおかしいことばかりです。
 
--確かに、他の業界と比べるとそうかもしれません。
 
■「経済が保険点数抜いた」のがきっかけ
なぜこうなっているかというと、個人で産婦人科を開業する場合のリスクと収益が昔ほど見合わなくなってきたからです。戦後のまだ物価が安い時代に保険点数が定められました。当時はかなりいい点数だったから、多少の未払いがあったとしても、経営が成り立つほどの収入はありました。だから開業医もどんどん増えましたし、医者は金持ちだというイメージも当時はありました。
それがある時に、経済が保険点数を抜いたのです。2002年に診療報酬の大幅な引き下げがあり、小泉政権下から医療費抑制が行われてきました。「ラーメン一杯」が「保険点数」の平均値を抜いたと言えるでしょう。薬剤費も異常なくらいに抑えつけられるようになりました。以前は売ればもうかった薬も、今は売れば売るほど損をするような状態になり、医療をやっていくのに何のうまみもなくなりました。
 
そしてリスクを大事に考えると、一人で開業はできないし分娩も扱えません。医療事故やクレーム、医療訴訟など、何をするにも医療は息苦しい世界になっています。医師資格を取るにもかなりの投資が必要とされていますが、それに見合う収入があるかどうか分からなくなってきました。そんなに苦労して医師にならなくても、例えば私立の四年制大学を出て上場企業などに入ればそんなに給料も悪くないでしょう。そこまでのリスクを負って医師になるのがよいかどうか、分からなくなってきています。

今、医療界で戦略的に経営を考えている人たちもいますが、産婦人科は儲からないので彼らの視野には入っていません。救急医療にも十分なうまみはないと聞きます。医療全体がこんなプアな状況なら、人の"生き死に"に関わろうと真摯に考える医療者は生き残っていけないでしょう。
 

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