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「現場に補助金が渡らない」―厚労省の伝達不備か、産科医確保事業

 厚生労働省が今年度から始めた、産科医などに分娩手当を支給する医療機関への補助金事業について、医療現場や自治体から「頑張っている産科施設に補助金が渡らず、勤務医の待遇改善につながらない」との声が上がっている。3月半ばになってから急きょ、「正常分娩の費用が50万円未満」などの条件がついたためで、厚労省からの情報伝達の不備を指摘する関係者もいる。(熊田梨恵)

 不足が叫ばれる産科医などを確保するため、厚生労働省は今年度に新しく「産科医等確保支援事業」を開始した。産科医や助産師に分娩手当てを支給する医療機関に対し、分娩1件当たり1万円を基準に補助するもので、予算額は約28億円。都道府県が補助対象となる医療機関を取りまとめて厚労省に申請する。国が補助金の3分の1を負担し、残りは都道府県や市町村が負担するとしているが、自治体が補助しない場合は医療機関側が残りを出してもよいとしている。
 
 ただ、この事業に関する詳細な施設要件が示されたのは、事業開始間近の3月半ばになってからだった。厚労省はそれまで、分娩費用が「高額」な施設を対象外とすることについては日本産科婦人科学会など産科関係者に説明していたが、後になって示された要件は▽正常分娩の費用が50万円未満(付加サービスは含めない)▽就業規則など雇用契約に関する書類に分娩手当について明記している-だった。
 
 この要件がついたことで、現場や自治体などからは「突然の話で困っている。50万円の意味が分からない」「がんばっている施設が補助金を受け取れなくなり、勤務医の待遇改善につながらない」と危惧する声が上がっている。
 
■「大学病院の4割が補助金を受けられない」-産婦人科医会
 厚生労働省の研究班(可世木成明・日本産婦人科医会理事代表)が実施した調査では、正常分娩の費用が50万円を超える施設は国内に186か所と全施設の約1割を占め、年間に10万6698件の分娩が行われていた(有効回答1707施設)。設置主体別に見ると診療所(95か所)が最多で、大学(35か所)、私立(34か所)などの順。大学病院は約4割が50万円を超していた。
 
 日本産婦人科医会(寺尾俊彦会長)はこの結果について、「50万円未満とする根拠が不明。50万円以上の施設は余裕があると考えたのだろうか。この条件は問題だと思っている」との認識を示している。県立大の分娩費用については「県議会で決められていて、大学の先生が(費用を)上げてほしいと言っても、議会で抑えられている」という。
 同会の中井章人常務理事は「大学病院は周産期センターを担っているところが多く、日曜の夜中に帝王切開をする場合もある。麻酔科医や新生児科医、当直2名を確保し、夜間も病院全体を昼間のように動かさないといけない。50万円以上の施設はNICUを整備しているなど、提供医療が違うため、それぐらいの費用は必要ではないか。産科医などを確保するための施策なら、すべてのがんばっている人に渡るようにするのが筋では。大学の4割が外れてしまうのは深刻で、突然に50万で"切る"となって愕然とし、非常に困っている」と話す。また、補助金の負担割合について「お金がないから出さないという自治体もあるという。国は3分の1を補助し、後は病院設立者で出しなさいというが、その辺のところの追求が必要だと思う」と、病院経営者が残る補助金を負担するのは厳しいとの見方を示す。
 
■「勤務医の待遇改善にならず本末転倒」-日産婦学会
 また、日本産科婦人科学会(吉村泰典理事長)は5月29日、分娩費用と産科勤務医の報酬には関係がないとして、50万円未満とする制限を撤廃して勤務医の報酬に直接つながるよう求める要望書を厚労省医政局長宛に提出した。
 同学会の海野信也医療改革委員会委員長は、「獲得できた予算枠の問題から分娩手当の対象を制限せざるを得なかったのは理解できるが、制限の仕方が合理的でない。分娩手当に関して要望してきたのは救急対応、時間外、病院勤務医への分娩手当。開業医さんは自分で分娩料を決められる立場なので、そこに分娩手当を支給するのも変な話では。全部の分娩施設を対象としたために手当の金額や範囲が抑えられたのだとすると、これこそ本末転倒ではないか。目的は、地域の分娩施設確保、特に救急対応確保だと思う」と話す。

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