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119番通報システムの新しい段階―コールトリアージ、具体化へ

 救急搬送件数が年々増加する中、国が描く新しい119番通報システムの大枠が少しずつ見え始めた。総務省消防庁は119番通報時のトリアージ(重症度・緊急度による患者の選別)実施後の救急隊の運用や病院選定などに関して、実際に消防本部で実施して検証する方針を決めた。国が検討を進めているトリアージの運用ルールが具体化しつつある。(熊田梨恵)

■搬送件数増加とトリアージの必要性
 重症度などに応じて緊急性の高い患者から診療していくトリアージは、国内でも災害現場や夜間診療など場面に応じた運用が始まりつつある。実際の現場では、昨年に東京・秋葉原の歩行者天国で起こった無差別殺傷事件現場のような同時に複数の重症患者が発生した場面でも行われ、多くの患者が来院する夜間の小児救急などで運用している病院もある。

 国が検討を進めているのは、119番通報を受けた時点で患者の重症度などを選別する「コールトリアージ」だ。2005年以降、検討会を設けてコールトリアージの運用基準の策定や法的問題などの整理を検討してきた。
 
 なぜ国がコールトリアージを進めるのか。これには年々増加する救急要請への対策という意図がある。2007年の救急搬送は約529万件と過去最高を更新した。10 年前に比べて搬送件数は約1.5 倍に増え、救急隊が現場に到着するまでにかかる時間は約1分遅くなり約7分となった。一方で、救急搬送の必要がない軽症の患者からの通報や、タクシー代わりに救急車を要請するなど国民側の意識の問題も指摘されている。

 関東で15年以上のキャリアを持つ救急救命士は「今の119番の要請システム自体、今の社会の意識や医療に合わなくなっている」と話す。これまでのように119番を呼べば即時に救急車が到着して医療機関に運ばれて治療を受けられるというイメージは、実際の救急現場とはかなり違ったものになっている。医療費抑制政策や医師・看護師不足、訴訟リスクに対する懸念などから救急医療現場は疲弊して受け入れ不能問題が起こり、増える搬送件数に救急車や救急隊の数も追い付かない

■コールトリアージ実施例、自治体から国へ
 こうした中、救急車を呼ぶかどうか判断に迷った場合に「#7119」をダイヤルすることで東京消防庁内の看護師に相談できる救急相談センター事業を07年から開始。横浜市でも昨年秋からコールトリアージを始めるなど、各消防機関の中での取り組みが少しずつ始まっている。さらに今年度は、愛知県、大阪市、奈良県が国のモデル事業として、救急車を呼ぶかどうかの判断に迷った場合の相談を受け、必要な場合には救急車を向かわせる「救急安心センター」事業を始める。

 国は検討会の中で段階的にコールトリアージについて検証してきた。06年度には実際に消防機関の中で緊急度や重症度別に選別するなど試行調査を行い、その後もコールトリアージ運用基準の見直しや実地検証を繰り返してきた。コールトリアージで問題となる、実際の重症度よりも低く判別してしまう「アンダートリアージ」をいかに少なくするかということや、トリアージ後の救急隊の運用なども議論してきた。

 昨年度は、4つの消防本部で検討会が策定したコールトリアージの運用基準を実地検証した。トリアージによる判断が的中した心肺停止状態の患者は、実際に心肺停止だった患者の79.0%だったことなどが報告され、消防庁は「(的中率は)79%と高いが、2割が予測できなかったという課題もある」との見方を示している。
トリアージ.jpg 消防庁が8月6日に開いた救急業務高度化推進検討会(座長=山本保博・東京臨海病院長)ではコールトリアージに関して、今年度はトリアージを実施後に緊急性が高いと判断された場合の、PA連携の具体的な運用方法や、事前に適切な病院を選んだり連絡したりすることが可能かどうかといったことなどを検討していくことを決めた。

 コールトリアージの運用については「全国の消防本部においても組織体制の変更や勤務体系の変更を行うことなく、運用可能なコール・トリアージに対応した制度設計」(救急業務高度化推進検討会報告書)をつくることを念頭に置いている。ただ、関係者の話を聞く限りでは、このトリアージ運用基準が策定されたといっても、すぐに全国的に運用するというわけでもなさそうだ。救急医療は医療資源や患者の特性、土地の状況などから地域によって実情が全く異なる。このため、どのような形になるかはまだ見えないが、必要な地域で実情に応じた運用ができるようなガイドライン的なものになるのかもしれない。ただ、今後の国の救急医療提供体制に大きな影響を与えることは間違いない。 
 
■コールトリアージと電話相談の両輪で新しい119番システムを
 このコールトリアージの具体化と、先述した「救急安心センター」のモデル事業が同時に進んでいることは興味深い。消防庁はこのモデル事業を全国展開させたい考えで、トリアージの作業部会でそのための課題なども検討する予定だ。 
 現在の救急搬送の119番通報のシステムに、「相談」というワンクッションを加え、そこでトリアージを行って救急活動につなげるという絵が描かれていることが見えてくる。ただ、救急に関する話は、医療機関と消防機関という組織の問題、医療行為、人材、資源、予算、既存のシステムとの整理など、調整すべき問題が多過ぎる。少しずつだが変わろうとしている救急現場の仕組みについて、今後も注視する必要がある。


*トリアージ作業部会

 ちなみに、これを担っているのが消防庁のトリアージに関する作業部会。今年度は「救急指令・救急相談作業部会」に名前を変えた。実に大きな内容について議論している部会だが、毎回都内の会議室でひっそりと行われ、記者も滅多に見かけなかった。開催頻度は少なく、ほとんどが委員や事務局の直接のやり取りによって進められていたように見えたが、昨年は真夏の暑い昼間にクーラーのきかない部屋で横浜市のコールトリアージについて真剣に議論する姿もあるなど、飾らない真剣な意見交換が聞かれた。厚生労働省で行われているような、議事進行や発言内容も事務局に左右される上、補助金や利権をにらんだ団体のパワーゲームに溢れた検討会とはまったく雰囲気を異にしていた。部会を率いるのは救急医療に関する国の会合ではおなじみの帝京大救命救急センターの坂本哲也教授で、今年度も引き継ぐことになった。

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