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なぜ愛育病院は「総合周産期母子医療センター」返上を申し出たか(上)

 3月末にメディアを賑わせた恩賜財団母子愛育会・愛育病院(東京都港区・中林正雄院長)の「総合周産期母子医療センター」指定返上騒ぎ。労働基準法違反に対する労基署の是正勧告に端を発しているとは言え、唐突さに驚きを隠せない医療関係者がほとんどだった。だが取材を進めてみると、単なる偶発の騒ぎでは済まされない事情が見え隠れする。(熊田梨恵)

現場へ届かない補助金

 事の発端は、愛育病院が今年1月20日、所管の三田労働基準監督署から医師の時間外労働について36協定を結んでいなかったなど労働基準法違反に対する是正勧告を受けたことだ。他病院に比べて労働条件に恵まれた同病院が是正勧告を受けたことで、周産期医療界に動揺が走った。

 しかしこれ自体は特筆すべきものではなかったとの説がある。関東圏の労働基準監督署の職員は「病院が労働基準法違反の状態であるなんて周知のこと。いますぐそれが改善されないということはこちらも分かっているが、見逃しているわけにはいかない。だから、あくまで『指導』という形で、『今後の改善を求める』という意味をもって立ち入り調査をし、是正勧告をする。今まではなんとなくそうして『大人の解決』を図ることですんでいたので、今回愛育病院がこんなに騒がれているのがよく分からない。『総合』の指定返上が絡んでいるからかもしれないし、愛育病院への是正勧告の情報が外部に漏れたということ自体、何かの思惑あってのことかもしれない」と話す。

 現に、3月13日には東京都渋谷区の日本赤十字社医療センター(幕内雅敏院長)も、36協定を締結していなかったことや時間外労働時間に対する割増賃金を払っていなかったことなどを理由に、労働基準法違反で是正勧告を受けている。こちらは東京都が3月末に鳴り物入りで始めた、救命処置が必要な重症な妊婦を受け入れる「スーパー総合周産期センター」の1つ。もっと大騒ぎになってもおかしくなかったが、指定返上の動きなどは起きていない。

 そもそも、周産期医療の分野が、「医師の不足、偏在」と「過重労働」という、片方の解決を求めればもう片方が崩れるという"諸刃の剣"の問題を抱え続けているのは周知の事実だ。横浜市の聖隷横浜病院(300床)の産婦人科で働く30代の小笠原加奈子医師は、「わたしたちは医局に入り、上司から『医師に労働基準法は適用されない』と言われ、その通りに働いていた。36協定などどこの病院も結んでいない」と語る。

 医師による滅私奉公の労働で保たれてきたともいえる今の医療界。しかし、医療費削減や医師の不足・偏在、訴訟リスクに対する懸念など、さまざまな要因から近年"医療崩壊"が進んだ。当直をはじめとする過重な労働で1999年に過労自殺した小児科医の中原利郎氏のような医療者の過労死も起こり、労働環境の是正を求める声が現場から上がり始めた。

 過酷な労働環境を強いられている勤務医にとって、労基署の立ち入り調査や是正勧告はいわば"伝家の宝刀"。しかし、医師や看護師の不足・偏在が深刻な中で、直ちに労働基準法を遵守することは、現状の医療提供体制のバランスを崩し、医療崩壊を加速させることにもつながりかねない。

 医師や看護師の労働問題に詳しい松丸正弁護士(過労死弁護団全国連絡会議代表幹事)は、「日本の医療現場は、医療と医療従事者のどちらが先に壊れてしまうか、というほどの矛盾をはらんでいる状態」と指摘する。

 このため、違法状態には目をつぶって少しずつ労働条件を改善していこうという取り組みが一般的だ。日本産科婦人科学会産婦人科医療提供体制検討委員会の海野信也委員長は、「まずは実態を把握することが大事で、学会では産婦人科勤務医の在院時間調査などを行ってきた。目指す待遇改善も分ってきたところだったので、勤務管理を考える段階に移ろうとしていたところ」と話す。同学会は昨年秋に、産婦人科勤務医の在院時間調査を舛添要一厚生労働相に提出するなど、周産期医療行政の質の向上とともに、労働環境の改善も求めていた。また、同学会や、日本産婦人科医会産婦人科医は、勤務医の労働環境の改善をするため、労働環境についての調査を行い、会員内で情報を共有することで改善しようとするなどの努力も行ってきた。

 だから労基署の方も、予定調和的に是正勧告したとの声があるのは先ほど紹介した通りだ。だが、愛育病院は「大人の解決」を選ばなかった。

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